第一話 黒田官兵衛
はじめまして。坂本と申します。
本能寺の変には数多くの説がありますが、「もし、現代の探偵がその現場を検証したら?」という視点で書いてみました。
寝癖だらけの探偵と一緒に、歴史の闇を覗いていただければ幸いです。
初老の探偵、坂本はいつものように自分の事務所で暇を持て余し、YouTubeでいろんな動画を見ながら本能寺の変の真相を探っている。
足を組んで椅子の背もたれに左斜めに大きく寄りかかり、右手でマウスをカチッカチッとクリックしていた。いつもの光景である。
学生時代から頭はキレるタイプではあったが、営業活動が苦手な芸術家タイプなので到底稼いでいるようには見えないし、だからといって忙しく働き続けるタイプではない。
自分としては最大限格好をキメているつもりで普段から仕立てのいいスーツをラフに着こなしてはいたが、とても手入れが行き届いているようには見えない。
しかし、彼が一度事件の核心に触れた時の眼光は、獲物を狙う鷹のように鋭い。
その日も本人は気づいていないが、後頭部には見事な寝ぐせが目立っていた。
周りも今更それを教えることすらしない。
本棚には無造作にシャーロック・ホームズの推理小説や、名探偵コナンの漫画が雑然と並んでいた。
後ろには大学生のアルバイトの田辺がその漫画『名探偵コナン』を読みふけり、その横でパートの主婦、浅川が電話で依頼が入りそうな女性の愚痴を聞いている。どうやらご主人の不倫を調べてほしいという悩み相談である。
話を聞いていると、怪しいだけで証拠を掴んでいるわけではないけど、どう考えてもそうとしか思えないと電話の向こうで主張している。
浅川が電話相手に言った。
「ちょっとまってね、坂本さんに聞いてみる。」
といって保留し、坂本の方を見る事もなく背中越しに尋ねた。
「坂本さん、こないだ電話してきた山口さんなんだけどさあ、ご主人に自供させることができたら証拠が無くてもいいんだよね?」
「うーん。今の司法制度では、犯行現場の目撃証言や凶器などの直接的な証拠がない状態でも、論理的な積み重ねで自供を引き出して有罪となった判決は確かにあるよ。
ただ犯人の自供だけでは弱いんだよね。そうとしか考えられないことを論理的に、そして誰にでもわかるように説明できないと…。」
浅川は聞きたい事だけ聞けたら後の話に興味なんか無いのだろう。坂本の話が終わる前に電話相手と再び話し出した。
「まあそもそも不倫は犯罪じゃないけどね。」
坂本は一人で呟いた。浅川はなんとか依頼に繋げようと彼女なりに頑張っていた。
「奥さん、やっぱり証拠がなくてもなんとかなるかもしれないけどさあ、やっぱり証拠があった方が強いと思うんだよね。だから私たちに任せてくれたら一つくらい証拠をつかめるかもしれないでしょ。いくら頭の良いご主人だって一つくらいはねぇ。こっちも一応プロなんだし…。」
(でも『死体(証拠)』が出ない殺しはいつも無罪、または『不慮の事故』として処理されるんだよな……。その消し跡をなぞるのが俺の仕事なんだけどね……。)
探偵はその話を聞きながら、決しておいしい依頼にはならないだろうと思っていた。
「証拠が無いのが証拠になればいいのにねえ……。」
と呟きながら動画の視聴を続けている。動画はいつものように本能寺の変の黒幕は誰かという動画。相変わらず秀吉説、家康説、キリシタン説、天皇説。四国勢の長曽我部説……。でもどの動画も自信満々で言い切っているが、追求すると決定打に欠けているというあいまいな話になっているのを見ながら坂本は思った。
(ん?証拠が無いのが証拠?証拠は誰かに隠蔽されたのではないのか?)
その瞬間、坂本の頭の中で何かの歯車が回り出した。
坂本はすかさず学生アルバイトの田辺に話しかけた。
「田辺くん、歴史に興味あるって言ってたよね?」
「はい。戦国時代大好きなんです。」
「あの本能寺の変って誰が黒幕だと思う?明智光秀をそそのかした人ね。」
「はい。いろんな説が出ているけど真相は謎みたいな……。」
坂本の目は突然『鷹の目』になり、饒舌に語り始めた。
「そこなんだよね。でも、誰かが意図的に証拠を完璧に隠蔽しながら光秀をそそのかして、結果的に利益を得た可能性があるよね。」
「じゃあ利益を得たってことで言えば豊臣秀吉や徳川家康なんですか?」
「そう、単純に考えたらそういう事になるんだけど、彼らならそんなあからさまなことするような真似はしない、となるとこんなことが出来る人間ということで絞っていけば限られてこないか?」
「え?じゃあ誰なんですか? 追放された将軍、足利義昭ですか?」
「いや、ちがうなあ。足利義昭にはそんな力はもうすでになかったはず。将軍の威厳もその頃はもう地に落ちていたからね」
「えー、じゃあ四国の…。」
「長宗我部だろ?かなりグレーなんだけどね…。ただ、ちょっと遺体が見つかっていないっていうところが気になるんだよ。そのあと天下を狙っていたやつの犯行なら普通に考えてそんなどんくさいことしないよね。当時は首がすべてなんだから。」
「ああそうか。そうでしたよね。」
「証拠がないから仮説にしかならないんだけどさ、誰かが明智を操って本能寺を襲撃させている隙に信長の遺体を持ち去ったとしたら…。間違いなく『世紀の隠蔽工作』だよ。
一切の証拠を残さず、光秀を操り、誰もが驚く電光石火の『中国大返し』を成し遂げて秀吉を天下に導いた人間…。この黒幕はかなり頭が良いはず。少なくとも秀吉以上にね。」
「あっ、頭が良いって言ったら誰かいましたよね?たしか秀吉の軍師の…なんだったっけ……。」
坂本は立ち上がった。ズボンのチャックが空いていたが、本人は気づいていない。田辺もその部分に一瞬視線を持っていかれたが、驚くこともなく、またそれを坂本に教える気もなく、ただ聞いていた。
坂本がコーヒーを一口飲み、カップの底にこびりついた茶渋をじっと見つめながら、ボソッと一人の男の名を呟いた。
「黒田……官兵衛……。」
坂本は続けた。どんどん思考が冴えてきていた。
最期まで読んでいただきありがとうございます。
最後に官兵衛の名が出てきましたが、彼が「歴史的クーデターをいかにして成し遂げていくのか・・・。次話からいよいよ殺伐とした乱世に皆様を誘い、その恐るべき知略の正体に迫ります。




