表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

惜別の、moon

作者: 三千


こうして夜空を見上げるのも、今夜が最後になる。


明日の朝には、私は消えてなくなっているはずで、そう思うと、今夜の月はとても美しく高尚なものに見えた。


"現世に、心を遺したまま逝ってはいけない"


(規約にそうあったっけ……)


私は心で呟き、心で薄く笑った。


壮年に差し掛かった頃、私はある病に侵され始め、そしてしばらくすると記憶力も計算力も応用力も失い、思考回路、運動機能も低下して、最近ついにただ眠っているだけの植物人間となった。


まばたきを使っての意思疎通が最低限だったが、それももう終わり。


(消費期限が切れるって、こういうことなんだな)


死が近づいていることはわかっていた。

が、それにしても。


(現世に心を遺すって、どういう意味なんだろう。未練ってこと?)


それが、喉に刺さった小骨のように、ずっと引っかかっていた。


家族と言える人はいないし、愛を語り合った人もいない。しがらみからも極力遠ざかり、世捨て人のように過ごしてきた。


そんな私に、未練などあるのだろうか?


早くに亡くなった両親の遺産が膨大だったから、お金には困っていない。もし遺ったとしたら、それは社会福祉へと寄附。


私の枕元には、更新をストップしているエンディングノート。


目をそうっと開ける。窓から見える、夜空に浮かぶ月が、視界にと入ってくる。漆黒の空に丸い穴でもあいているように、満月は今夜、しっかりとそこに存在する。


私がこの日を選んだのは、計算式から求めた結果だ。

月を愛している。

月を見ながら死にたい。

願はくは桜の下にて春死なむの境地なのかも知れない。


夜空を横切っていく月が、ベッドに横になっている私の視界に入り、窓が邪魔しない角度と、そこに天気などの気象条件を加味した結果。


私はこの日。

尊厳死を選んだ。

これ以上を望まない。


私は目をつぶる。

すると、ウーーーンという低い音が耳に入ってくる。病院あるあるの機械音。そして、ぼそぼそと人の声だろうか。この世界に、静寂な場所は皆無。


ただ、これから静かな場所へと向かうのかもしれないな、やってくる眠気とともに、そう思った時。


まぶたの裏側がやけに明るかった。


(ああ、さっき見た月、だ……)


もう一度、目を開けて見ようとした。けれどもう、まぶたは開かない。


"現世に、心を遺したまま逝ってはいけない"


その意味がこの瞬間、わかった気がした。


惜別の、月

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
拝読させていただきました。 「月」もまた主人公を見ていたのでしょうか。
美しいお話でした。折に触れて読み返したい。ブクマしました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ