第三章:金太郎 ―東の山の焔―(中編)
斧と剣がぶつかり合った瞬間、山がうなった。
衝撃が土を割り、風が木々をなぎ倒す。まるで山そのものが二人の力に応えるようだった。
金太郎の鉞は、鬼の力を受け継いだ重さと速さを持ち、桃太郎の剣は、人の技と信念が込められた鋼の一閃だった。
「本気だな、金太郎!」
「お前に手加減する理由があるかよ!」
打ち合いは数十合に及び、その一撃一撃が、かつて共に戦った戦友としての過去と、今を生きる“月の子”としての誇りをぶつけ合うものだった。
やがて――
金太郎の鉞が桃太郎の剣に受け止められたまま止まり、彼は微かに息を切らしながら目を伏せた。
「……もういい。わかった。俺は……お前たちと歩ける」
「……なら、これで十分だ」
剣を下ろした桃太郎も、額に浮かぶ汗を拭った。
「強くなったな、金太郎」
「強くなったというより……やっと、自分を受け入れただけだ」
金太郎は鉞を地に立て、静かに続ける。
「昔の俺は、鬼の血が流れてることを隠すために、力を振るった。倒せば倒すほど、自分が正しいと信じようとしてた。でも――桃、お前と斬り結んで分かった。俺は、もう“鬼の血”に縛られてねぇ」
浦島がにやりと笑いながら近づいた。
「まったく、ややこしい奴らばかり集まるな、この旅は」
「お前も相当なもんだろ、時間の鍵なんて背負ってんだから」
「……それもそうか」
ふと、風が変わった。山の奥から、異様な“焔”の匂いが漂ってくる。
空気が熱を帯び、地面がわずかに震えた。
かぐやが険しい顔をする。
「……来ました。“東の歪み”です。この山にも、時の裂け目が生まれようとしています」
金太郎が反応する。
「鬼か? ……それとも、もっと厄介なものか?」
「“鬼の記憶”そのもの。かつてこの山で斬られた鬼たちの想念が、歪んだ時間と結びつき、実体化しようとしているのです」
桃太郎が剣を抜き直した。
「つまり、放っておけばこの山が飲まれるってことだな」
「俺にとっては“過去の亡霊”みたいなもんさ」
金太郎は静かに鉞を握り直し、前を向く。
「でももう逃げねえ。あの頃の俺も、倒した鬼たちも、全部ひっくるめて“俺の歩いてきた道”だ」
「……金太郎」
かぐやが少しだけ目を細めた。
「あなたが“東の月”として選ばれた理由が、今わかった気がします。あなたの内にある“葛藤”こそ、未来を分ける鍵になるのかもしれません」
金太郎は何も言わず、仲間たちの先を歩き出した。
その背は、もはや迷いのない、確かな意志に支えられていた。
――三つの月が揃った。
残るは一つ、“北”の月。
そして、かぐや姫がその瞳の奥に隠す、真の目的が静かに動き出す。