第二章:浦島太郎 ―南海の時の狭間―(中編)
白い波が裂け、深海の空間に一筋の道が生まれた。
その向こうから歩いてきたのは、旅装を整えた桃太郎と、月光のような存在感を放つかぐや姫だった。
「……浦島太郎、か」
桃太郎は、一歩前に進みながら声をかけた。
「昔話じゃ、ずいぶん不思議な話を聞いたが……まさか、本当にいたとはな」
浦島は苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。
「まさか十年も海の底で夢を見て、今さら地上に戻ってくるなんて思ってなかったさ。だが、これも運命ってやつらしい」
かぐやが二人の間に歩み寄る。
「これで“西”と“南”の月が揃いました。次に向かうべきは“東”――その地に、もう一人の月の子がいます」
「東……つまり、金太郎か」
桃太郎が口にした名に、浦島が軽く眉を上げた。
「金太郎って、あの山育ちの力持ちの……? まだ生きてるのか?」
かぐやは静かに頷く。
「彼は“鬼”を狩る者として、未だ山中でひとり修行を続けています。ただ――」
そのときだった。
空間が揺れた。まるで、深海そのものが歪んだかのように。
「っ……何だ!?」
浦島の背の玉手箱が、鈍い光を放ち始める。
箱の表面に浮かび上がった古代文字が、まるで呻くように脈動し、周囲の水を裂いていく。
「……時間の波です!」
かぐやが叫ぶ。
「玉手箱の封印が緩み、時の狭間が開こうとしています!」
深海の空間に、無数の“影”が現れる。
それは魚でも鬼でもない。時間に引き裂かれ、姿を失った“かつて人だったもの”――歪みから生まれた亡者だった。
「こいつら、まさか……!」
桃太郎は剣を抜き、浦島は玉手箱を両手で握る。
瞬間、箱の蓋が半分だけ開き、内部から金色の“砂”がこぼれ出た。
それは過去の記憶、失われた時間そのものであり、亡者たちはそれを貪るように群がってくる。
「浦島! 今すぐ蓋を閉じろ!」
桃太郎の声に、浦島は顔をしかめながら頷く。
「……っ、閉まれ……!」
バチン、と箱が閉ざされた瞬間、亡者たちは悲鳴を上げて崩れ去っていく。
まるで、存在そのものが“現在”に拒まれたかのように。
静寂が戻る。
「……これが、“玉手箱”の本当の力なのか」
浦島はゆっくりと息を吐く。
かぐやが近づき、柔らかく告げた。
「玉手箱は、時の境界を繋ぐ“鍵”でもあります。……ですが、それを扱えるのは、あなたしかいません。――浦島太郎、“南の月”として、あなたの旅は今始まったばかりです」
桃太郎が、静かに右手を差し出す。
「よろしく頼むぜ、浦島。……これからの旅、楽にはいかないだろうがな」
浦島もその手を取った。
「俺もそう思ってたところさ。でも……昔の自分より、少しはマシな答えを出してみせるよ」
――こうして、“西”と“南”の月が巡り合った。
次なる目的地は、東の山。
かつて鬼と人の狭間で生きた、もう一人の月の子――金太郎のもとへ。