第一章:桃太郎 ―西の地の剣―(後編)
桃太郎は剣を地に突き立てたまま、しばらく黙っていた。
“月の子”。“黄泉の門”。どれも耳慣れない言葉だったが、鬼の異様な気配と、目の前の女のただならぬ雰囲気が、それらを否定させなかった。
「……その“黄泉の門”ってやつが、また鬼を呼び起こしてるってわけか?」
「はい。あの鬼は、ただの獣ではありません。かつて斃されたはずの怨念が、黄泉の力に導かれ、仮初の姿を得て蘇っているのです」
「……つまり、また“戦い”が始まるってことだな」
桃太郎の声に、重さが宿る。
彼は思い出していた。かつての戦い。犬、猿、雉――あの三匹と共に、命をかけて戦った日々。
そして、仲間を失い、村に戻ってからの、長く静かな時の流れ。
「お前は、俺にその戦いに戻れって言うのか?」
「……いいえ」
かぐやは首を振った。
「これは、あなたの“役目”ではなく、あなた自身の“選択”です。……けれど、もしあなたが剣を再び握るなら、私はあなたを導く者となりましょう」
そのとき、百鬼斬がかすかに脈打った。
まるで、眠っていた鬼の血が再び呼吸を始めたかのように。
桃太郎は剣を引き抜き、かぐやをまっすぐ見た。
「選ぶさ。俺は……また立つ。仲間を守れなかったあのときの俺とは違う。今度こそ、最後までやり遂げる」
かぐやの目がわずかに和らぐ。
「……ありがとう。では、行きましょう。次に向かうは“南”――そこに、時を越えて眠るもう一人の月の子がいます」
桃太郎は頷いた。そして歩き出す。
新たな旅の始まりだった。
四つの月は、なおも空に輝いていた。