第一章:桃太郎 ―西の地の剣―(中編)
桃太郎は村を離れ、北の山道を歩いていた。かつて鬼ヶ島へ向かったときのような高揚はなく、ただ剣の重みだけが彼の背を押していた。
途中、焼け焦げた木々や、ひび割れた地面が続く異様な光景に出くわす。
まるで、炎が地を這ったかのような痕跡だった。
――そのとき、森の奥から低く唸る声がした。
「……主、目覚めノ時……月ノ子ら、目覚めノ前ニ……」
音と同時に、黒煙が渦を巻いて現れた。
姿を現したのは、全身を黒い炎に包まれた鬼。角は砕け、瞳には光がなく、まるで黄泉の底から這い出してきたような異形の存在だった。
桃太郎は即座に剣を抜く。
「……また、鬼か。でも今度は、何かが違うな……!」
鬼は無言で襲いかかる。剣と爪がぶつかり、火花が散った。
桃太郎の剣――百鬼斬は、鬼の炎をかすかに裂いたが、すぐに再生するように炎がまとわりつく。
「厄介な……!」
次の瞬間、鬼の背後に光が降った。
淡く、銀のような光。風が静まり、花びらのようなものが空から舞い落ちる。
「時は、まだ満ちていません。今、あなたを屠るのは定めに逆らうことになります」
その声に、鬼は動きを止めた。
そこに現れたのは、一人の少女――白く長い髪に、月の印を額に浮かべた、美しい娘だった。
桃太郎が思わず剣を下ろす。
「……お前は……誰だ?」
少女は静かに頭を下げる。
「私は、かぐや。月の巫女。そしてあなたを探していました、桃太郎様」
桃太郎の目が細くなる。
「……俺を? なんのために?」
かぐやは、夜空を仰ぐように視線を上げ、囁いた。
「この世界は、再び“黄泉の門”の前に立っています。その門を閉ざせる者は、四つの月の子らだけ。あなたはその一人……“西の月”です」
桃太郎はしばし黙ったあと、空に浮かぶ月を見た。
その横に、うっすらと紅い月が寄り添うように輝いていた。