第一章:桃太郎 ―西の地の剣―(前編)
西の果てに、「桃ノ谷」と呼ばれる静かな村がある。
川のせせらぎと、風に揺れる桃の花の香りが絶えず満ちるこの地は、かつて恐ろしい鬼たちに脅かされていた。
だが十年前、一人の少年が現れた。桃から生まれたという不思議な出自のその者は、仲間と共に鬼ヶ島へ渡り、鬼の首領を討ち果たした。
その名は――桃太郎。
今や彼は村の英雄だった。かつての犬・猿・雉の仲間たちは、老い、あるいは遠くへ旅立ち、桃太郎もまた剣を納めて農を手伝いながら暮らしていた。
だが、彼の心の奥には、決して癒えぬ炎が残っていた。
「……また、村の北で鬼が出たって?」
ある晩、村の長が訪れた。顔には疲れと恐怖がにじむ。
「今度の鬼は、かつてのお前が斬った連中とは違う。……黒い炎をまとい、言葉を喋るんじゃ。『主が目覚める』とかなんとか……」
桃太郎は立ち上がった。
静かに、しかし確かな決意を胸に。
かつての戦装束をまとうと、肩には馴染んだ布製の鎧、腰には封印していた宝剣・百鬼斬。
その剣は、鬼の血を吸い続けたことで、今や自ら脈動するかのような重みを帯びていた。
「もしまた鬼が動き始めたのなら……俺が、斬るだけだ」
夜明けとともに、桃太郎は一人、村を後にした。
しかし、彼はまだ知らなかった。
その足が向かう先には、彼の知らぬ“月の子”たちとの出会い、そして鬼よりも深き闇との戦いが待ち受けていることを――