第三節 金太郎編:鉞を抱いた子供
金太郎の目の前に広がっていたのは、静かな山の景色だった。
木漏れ日が降り注ぎ、小川がさらさらと音を立てる――彼が幼き日々を過ごした、懐かしい山。
「ここは……あの山か」
手には、使い慣れた鉞があった。
だが、その重みはかつてのそれとは違った。ただの武器ではない。何か、大切なものを守るための“記憶”のような感覚。
そのとき、小さな声が背後から聞こえた。
「ねえ、きんちゃん。あたしのこと、覚えてる?」
振り返ると、そこにいたのは――かつて山で一緒に遊んだ、小さな女の子だった。
彼女の名は「ふゆ」。村が鬼に襲われたとき、金太郎が守りきれなかった子。
「……ふゆ……」
少女は笑っていた。あの日と変わらない、無邪気な笑みで。
「怒ってる? 守れなかったのに、あたし、まだきんちゃんが好きだよ」
胸が締めつけられるようだった。
「お前を……あの村の皆を、守るって誓ったのに……俺は何もできなかった……っ!」
鉞を地面に叩きつけた。地面が揺れ、鳥たちが飛び立つ。
「“強さ”があれば、守れると思ってた。誰よりも早く走って、誰よりも大きくなって、誰よりも鉞を振り回して……でも、結局……!」
ふゆは金太郎に近づき、そっとその手に触れた。
「強さって、そういうことじゃないんだよ。大きい声を出すことでも、力で誰かを倒すことでもない。“誰かの痛みを受け止めて、それでも前を向くこと”……あたし、それをきんちゃんに教えてもらったの」
金太郎は、ゆっくりと顔を上げた。
「……そうか。お前は、俺が勝手に背負い込んでただけだったんだな。守れなかった後悔の中で、お前の声を聞こうとしなかった」
ふゆは微笑んだ。
「わたしは、ちゃんと“生きた”。きんちゃんがくれた時間の中で、いっぱい笑って、走って、泣いて……だから、きんちゃんも生きて。ちゃんと、今を」
ふゆの姿が、柔らかな光となって霧のように溶けていく。
金太郎はその場所で、しっかりと鉞を握り直した。
「俺は――もう逃げない。強くなる。後悔じゃなく、“願い”のために」
その鉞は、かつてよりも静かに、優しく彼の背を支えていた。
山の光が差し込み、彼の進むべき道を照らす。
そこに、仲間たちの姿が見えた。仲間たちは、皆、それぞれの痛みを抱きながらも、前に進もうとしている。




