第一節 桃太郎編:正義とは
桃太郎が目を覚ますと、そこは――血のにおいが充満する、いつかの戦場だった。
焼け落ちた村。
赤く染まる田畑。
剣を持った少年が、無言で鬼を斬っていた。
「……これは、俺の記憶か?」
誰かが背後に立つ。
振り返るとそこにいたのは、かつての自分。まだ十五の少年だった。
剣の握り方も拙く、だが目には怒りが燃えていた。
「正義の名のもとに、お前はどれだけの命を斬った?」
少年の桃太郎は、地に伏せた鬼に容赦なく刃を振り下ろす。
「この怒りが、正義だと信じた。違うのか?」
桃太郎は言葉を詰まらせた。あの頃、自分はたしかに信じていた。
鬼は悪だ。倒すべきものだと。村を襲い、人を喰らう存在――そう教えられてきた。
「でも、あの日……俺が斬った鬼は、逃げようとしていただけだった。戦う意志すらなかった」
少年は静かに桃太郎を見つめた。
「なら、なぜ止めなかった? なぜ刃を振るった? “そうするように”育てられたからか? それが言い訳になるのか?」
……あの日の光景が、再び眼前に広がる。
燃え盛る小屋。焼けた梁の向こうに、震える影。
それは――鬼の子だった。まだ五つか六つの、幼い子供。
人の姿と変わらぬ幼い面差し。
「……やめて……」
声は震え、喉が焼けただれていたのか、かすれていた。それでも、はっきりと聞こえた。
「……母ちゃん、どこ……?」
桃太郎は、剣を構えたまま一歩、また一歩と踏み出していた。
子の瞳には、恐怖と混乱しかなかった。
だが、自分は迷わなかった。
“鬼は悪。迷うな。斬れ”――そう教えられてきた。
その教えのまま、剣を振り下ろした。
――その刹那、鬼の子が目を閉じた。
叫びもなく。ただ、静かに終わった。
それが、桃太郎の中で最も忘れようとしていた記憶だった。
「……あれが、俺の正義だった。間違っていたとは思わなかった。けれど……」
桃太郎は拳を握りしめる。
「……もう、間違えたくはない」
桃太郎は、ひざまずいた。
怒りで握った剣が、いつの間にか手の中で重く、冷たく感じられる。
「俺は、“正義”のふりをした“復讐者”だった。剣は俺を守ってくれたけど、それ以上に――たくさん奪ってきた」
沈黙が続く。
そのとき、少年の桃太郎が剣を地面に突き立てた。
「なら、証明してみせろ。“正義”を選び直せ。今度こそ、自分の意思で。誰の教えでもなく、自分で立て」
桃太郎は、ゆっくりと立ち上がった。
炎のような記憶の中に、一筋の風が吹いた。
「……俺の剣は、過去を贖うためにある。そしてこれからを守るためにある」
手の中の剣が、音もなく輝きを放った。
かつて斬ったものたちの記憶が、重く彼の腕に寄り添っていた。
少年の桃太郎は、満足げに頷いた。
「その意志が、本物であることを願ってる」
影が光に溶けていく。
そして桃太郎は、真白な世界の中央へと導かれていった。




