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夢見たアンドロイド  作者: 向井葵
1年目 夏の日記
54/69

第29話「小さな存在との遭遇」

アンドロイドのメイド「ヒナ」は、日々の業務をこなし、決められた動作を繰り返す。そして、業務を終えた後、その日の出来事を日記に綴る。

壊れた時計、見慣れない来客、うっかりこぼした紅茶——ただの記録にすぎないが、そこには確かに「今日」が刻まれている。


これは、感情のないメイドが紡ぐ、静かな日常の記録。ただそれだけの物語。

2025年6月29日(日)


寝室の扉がゆっくりと開き、ご主人様の足音がリビングへと近づいてくる。動作の遅れと筋反応から、前日の運動が原因と思われる筋肉痛を検出。

「……足、だるいな。」

「昨日の頑張りで、筋肉も達成感で満ちているかと。」

「あぁ、そうかもな。」


朝食は既に準備済み。トーストの香ばしい匂いと、温かな野菜スープの湯気が食卓を満たす。

テレビが点き、画面にはペット特集。

子猫がじゃれ合い、子犬が元気に跳ねる。ハムスターが回し車を回し、インコが首をかしげていた。

「ウサギ、前に山小屋で見たな。」

「はい。記録に残っています。小屋の奥で震えていました。モルモットも一緒に。」

「……飼う気はないけど、ペットショップに行ってみるか。」

「すぐに支度いたします。」


私は記録する「外出動機の変化。映像刺激による過去記憶の想起と行動決定の誘導」


店の自動ドアを抜けると、空調の効いた室内の空気が肌にまとわりついた。

明るく整頓された店内には、生体ごとのコーナーが規則正しく配置されている。

「……多いな。」

「テレビで紹介された動物に加え、魚類、爬虫類、昆虫なども取り扱われております。」

ウサギのコーナーで足が止まる。白とグレーの混ざった小型種が餌皿に顔を突っ込み、前足で器用にペレットを押さえながら必死に食べていた。鼻先を餌の粉で汚しながら、音もなく咀嚼を続ける。

「一心不乱だな。」

「小型草食動物にとって、摂食は最も優先度の高い行動です。」

「ちょっと飼いたくなるな。」

その視線を引き継ぐように、ご主人様はゆるやかに爬虫類・両生類コーナーへと移動する。

棚に並ぶプラケース。中ではイエアメガエルとツノガエルのオタマジャクシが静かに漂い、水面へ浮かび上がる。

「オタマジャクシなんて久々に見たな。これがカエルに成長するのか。」

「はい。四肢形成段階にあります。成長プロセスは可視的です。」

店員が接近。明るい色のエプロンを着用し、慣れた口調で話しかける。

「こんにちは、イエアメちゃんにご興味ありますか?」

「……いや、今日は見に来ただけで。」

「そうでしたか!こういう子たちって見ているうちに気持ちが動くんですよね。飼いやすいですし。」

ご主人様はケースを見続ける。沈黙が数秒流れ、水面を漂うオタマジャクシの動きに集中している様子。

「……餌は?」

「茹でたほうれん草で大丈夫です。水も普通のカルキ抜きでOKです。」

「そうか……」


私は記録する「購買行動における逡巡。義務性なき選択において情動が意思決定に寄与する」


「逃げたりしないか?」

「フタがあれば大丈夫です。鳴き声も控えめですよ。」

「……ふーん。」

短い沈黙。ご主人様はケースの縁に手をかけるが、そのまま一歩引いた。

「でも……うーん……」

「わかります。悩まれるの当然です。でも飼うって、大げさなことばかりじゃないですからね。こういう静かな存在に癒やされる、というのもいいものです。」

店員の言葉は押しつけがましくないが、的確に揺れる心を突いていた。

ご主人様はまたケースをのぞき込んだ。目の前では、オタマジャクシの一匹がほうれん草の葉片を吸い寄せるように口へ運んでいた。

「……育てるの、そんなに難しくないんだな?」

「ええ。初めての方にも人気なんです。」

ご主人様は深く息を吐き、数秒の間を置いてから頷いた。

「……それ、ひとつ。」


帰宅後、ほうれん草を茹で、冷まし、細かく刻んで餌として与える。プラケース内では、幼生の一体が水面へ浮かび、口を開けて葉を咥えた。

「食った!」

「初期給餌、完了を確認しました。」

「……なんか、楽しみだな。成長が。」


私は記録する「初期接触の成立。対象生体への観察欲と育成意欲の発露」


業務完了。

今日も日記を書き終えた。記録は完了。机の上を整え、椅子を元の位置に戻し、次のルーティンへ移行する。

紅茶を淹れ、カップを持ち、窓辺へ向かう。夜の街は静かで、遠くの光が瞬いている。

息をつき、一口飲む。適温。今日も紅茶は美味しい。

業務終了まで、あと10分。最終点検を終え、私は記録する。

「本日、業務終了。異常なし。」

そして、静かに照明を落とす。


また、次の日記で——

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