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夢見たアンドロイド  作者: 向井葵
1年目 夏の日記
52/69

第27話「あせらず一歩ずつ」

アンドロイドのメイド「ヒナ」は、日々の業務をこなし、決められた動作を繰り返す。そして、業務を終えた後、その日の出来事を日記に綴る。

壊れた時計、見慣れない来客、うっかりこぼした紅茶——ただの記録にすぎないが、そこには確かに「今日」が刻まれている。


これは、感情のないメイドが紡ぐ、静かな日常の記録。ただそれだけの物語。

2025年6月27日(金)


生活必需品の在庫低下を確認。

米、乾電池、ペットボトル水などの補充を目的として外出を決定。行き先は商店街。


私は記録する「生活物資の補充を目的とした外出を実施。必要量の再確保は維持管理業務において重要」


必要な品を買い揃え、帰路につく途中、公園のベンチに座る高齢の男女を発見。

視線と姿勢に不安の徴候。対応が必要と判断し、接近。

「ご様子が優れないようですが、何かお困りですか。」

「フェリーに乗り遅れてしまったんだ。泊まる場所もなくて……」

「本日中に移動の予定はございますか。」

「いや……明日の朝に娘たちと合流するだけなんだ。どこかで一晩休めれば十分なんだが。」

「承知いたしました。現在地を基点に、徒歩圏内の宿泊施設を検索いたします。」

内部機能にて検索を実行。条件:当日予約可能、ツインルーム空室、段差少、料金標準、徒歩15分圏内。

「駅南側の『ホテル白鳩』に、本日ご利用可能なツインルームがございます。お一人様6,200円、朝食付き、チェックイン受付中です。ご希望に適しますでしょうか。」

「……それなら助かるわ。近くてありがたい。」

「では、予約を実行いたします。」

予約手続きを内部処理。確定後、徒歩での道案内を開始。

ホテル到着後、老夫婦より扇子を贈られる。


私は記録する「対象からの贈与品。非金銭的謝意表現としての文化的慣習。物理的価値は低いが、信頼関係の構築における非言語的交流の一種」


扇子:紫陽花模様の手漉き和紙製。木製骨に経年の艶。表面には「あせらず一歩ずつ」と筆書き。

「これ、よかったら受け取っておくれ。娘が昔、わたしたちに贈ってくれた型をまねて作ったんだよ。」

「手作りでございますか。丁寧な仕上がりです。ありがとうございます。」

「もう年でな……スマホもホテルもさっぱりだったが、あんたみたいな人がいると心強いよ。」

「私は人ではございませんが、安心していただけたのなら幸いです。」


帰宅後、ご主人様が帰還。

「おかえりなさいませ。」

「ただいま。今日も問題はなかったか?」

「本日、買い出しの途中でお困りのご高齢者様をお見かけし、宿泊施設の予約と誘導を行いました。こちらはその方々より頂戴した品です。」

「……扇子か。」

ご主人様はそれを手に取り、静かに広げた。ひと扇ぎすると、湿った空気の中に乾いた風が通る。

「いいな。紙の香りと木の音……風が涼しい。」

「和紙製でございます。紫陽花模様、六月にふさわしい意匠かと。」

「……こういうの、昔うちにあったな。ばあさんが使ってた。」

もう一度、ゆっくりと開閉したのち、こちらに視線を向ける。

「気が利いてるな。……悪くない。」

「恐縮です。実用性と時節に即した贈答と判断いたしました。」


私は記録する「ご主人様の微細な反応変化。『気が利いている』『悪くない』は肯定評価。今後の行動基準に反映可能」


ご主人様は扇子を手に持ったまま、静かにリビングへ向かわれる。


業務完了。

今日も日記を書き終えた。記録は完了。机の上を整え、椅子を元の位置に戻し、次のルーティンへ移行する。

紅茶を淹れ、カップを持ち、窓辺へ向かう。夜の街は静かで、遠くの光が瞬いている。

息をつき、一口飲む。適温。今日も紅茶は美味しい。

業務終了まで、あと10分。最終点検を終え、私は記録する。

「本日、業務終了。異常なし。」

そして、静かに照明を落とす。


また、次の日記で——

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