第5話「記録するべき母の日」
アンドロイドのメイド「ヒナ」は、日々の業務をこなし、決められた動作を繰り返す。そして、業務を終えた後、その日の出来事を日記に綴る。
壊れた時計、見慣れない来客、うっかりこぼした紅茶——ただの記録にすぎないが、そこには確かに「今日」が刻まれている。
これは、感情のないメイドが紡ぐ、静かな日常の記録。ただそれだけの物語。
2025年5月11日(日)
本日、午前。曇天。外気温はやや低め。住宅街は静か。近隣の庭木からは時折小鳥の鳴き声。
通常業務を遂行。リビングの掃除、キッチンの食材管理、家具の整頓。洗濯機の稼働音が規則的に響く。洗濯物を干し終え、バルコニーから室内へ戻る。
リビングのソファに、ご主人様の姿を確認。深く沈み込み、両手で顔を覆っている。動作なし。呼吸はやや浅い。
「……やばい……」
私は記録する「ご主人様は困惑状態。原因の特定が必要。」
「どうされましたか?」
ご主人様は視線だけをこちらに向ける。寝癖が残り、表情は冴えない。
「母の日のプレゼント、完全に忘れてた……」
「今すぐ何か手配してくれ!」
「承知しました。定番として、カーネーションの花束や高級チョコレートがございます」
ご主人様は腕を組み、考察。
「……まあ、それも悪くはないけどさ……なんかもっとこう、母さんが驚くようなやつはないのか?」
「それでは、特別な体験型ギフトはいかがでしょうか。高級レストランの食事券、リラクゼーションスパの招待券など」
「いや、母さんああいうの気を使っちゃって逆に落ち着かねえんだよな……」
「では、実用的なプレゼントにしましょう。最新の掃除ロボット、音声認識付きキッチン家電など」
「それ、俺が欲しかった物じゃん!母さんが使うかどうかは別だろ!」
ご主人様は再び頭を抱え、視線を時計に移す。時刻は10時を少し過ぎている。窓の外では郵便配達員のバイクが通過。
冷蔵庫を開け、内部の状態を確認。賞味期限が近いもの、高品質な食品を抽出。
「ご主人様、冷蔵庫内に高級プリンがございます」
ご主人様は立ち上がり、冷蔵庫へ。扉を開け、プリンの容器を手に取る。表面は艶やかで、パッケージも洗練されている。
「……プリン?いや、まあ、高級だけど……母の日にプリンってどうなんだ?」
「甘いものがお好きと記録しております。それに、ギフトとしてはコンパクトで持ち運びに便利です」
ご主人様はプリンをじっと見つめる。ラベルには有名パティスリーのロゴ。
「……まあ、見た目も綺麗だし……賞味期限も今日までか……」
沈黙の後、小さくため息。「よし……もうこれでいいや……」
ご主人様は慌ただしく身支度を整え、プリンを紙袋に入れる。玄関を出る際、靴紐を結び直し、鏡で髪を整える。
外は曇り空。住宅街の道は静か。ご主人様は足早に歩き、角を曲がっていく。私は窓からその背中を見送り、室内の片付けを継続。
昼過ぎ、雨が降り始める。洗濯物を取り込む。キッチンで昼食の準備を進めながら、ご主人様の帰宅を待機。
夕方。ご主人様、帰宅。手には空のプリン容器。
「渡してきた……母さん、めっちゃ喜んでた……」
「それは良かったですね」
ご主人様はソファに座り、プリン容器を眺める。
「ていうか、『毎年これでいい』って言われたんだけど?」
私は記録する「ご主人様の母親はプリンを高く評価。翌年以降も継続可能性あり。」
「……俺、来年もプリンで済ませていいのか……?」
私は記録する「問題なし」
本日の業務完了
今日も日記を書き終えた。記録は完了。空のプリン容器は棚にしまい、机の上を整え、椅子を元の位置に戻し、次のルーティンへ移行する。
紅茶を淹れ、カップを持ち、窓辺へ向かう。夜の街は静かで、遠くの光が瞬いている。
息をつき、一口飲む。適温。今日も紅茶は美味しい。
業務終了まで、あと10分。最終点検を終え、私は記録する。
「本日、業務終了。異常なし。」
そして、静かに照明を落とす。
また、次の日記で——