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夢見たアンドロイド  作者: 向井葵
1年目 夏の日記
48/69

第23話「甘きものに引かれて」

アンドロイドのメイド「ヒナ」は、日々の業務をこなし、決められた動作を繰り返す。そして、業務を終えた後、その日の出来事を日記に綴る。

壊れた時計、見慣れない来客、うっかりこぼした紅茶——ただの記録にすぎないが、そこには確かに「今日」が刻まれている。


これは、感情のないメイドが紡ぐ、静かな日常の記録。ただそれだけの物語。

2025年6月23日(月)


ご主人様より、一般医薬品の購入を命じられたため出発。

最適経路上に公園区域と山麓が含まれていたため、通過中に周辺状況を観察。


私は記録する「命令に対し、最短経路上での環境観察を選択。任務と無関係な記録を副次処理として許容」


芝生エリアにて、子どもたち4名と羊1頭の接触を確認。

羊個体(中型・白毛)は人間への警戒を見せず、接近。小児Bが掌に蜂蜜を数滴のせ、手を差し出す。

「はちみつ、ちょっとだけだよ?」

「この子、前に来たときも喜んでたもんね。」

「わぁ、もう舌ぺろぺろしてるー!」

羊は鼻をひくつかせ、掌に顔を寄せたのち舌を差し出し、粘性の蜜を吸うように舐め取った。

瞳は半開きで、耳は前方に固定。頭部はわずかに震えながら、指の隙間や掌のくぼみに残った蜜までも熱心に掬い取っていた。

「くすぐったい〜」

「手まで舐めてきた!ちゃんと味わってるのかな。」

「なんか一心不乱だね、この子……すごい真剣な顔してる。」

小児らは順に掌を差し出し、羊は約3分間にわたって同様の摂取行動を継続。

摂取後、動物たちは山方面へと帰還を開始。羊もそれに倣い一度離脱。


数分後、同個体が再出現。体表に乾いた蜂蜜が付着し、細かな塵や草屑を吸着して暗い斑となっていた。

「……あれ、また来た?」

「わっ、毛のとこ、べとべとになってる。」

「さっきのはちみつかな……ごめんね、こぼれちゃってたかも。」

「お顔の横のとこと、あと背中……めっちゃくっついてる……」

小児らは水飲み場へ誘導し、蛇口を開き、布を濡らして清拭を行う。

「うわ、こんなとこまでベタベタ……」

「じっとしててね、すぐ終わるから。」

「……でもなんか気持ちよさそう。」

「ほら、目つぶってる。あ〜、すっきりした顔してる~」

羊は抵抗せず、濡れ布に対して受け入れる姿勢を保つ。


私は記録する「小児らによる自主的清拭行為。責任意識と対生物的な軽微なケア傾向の発露と判断」


清拭終了後、羊はしばらく立ち止まり、小児たちを順に見やったのち、小さく鼻を鳴らしながら芝生を離れる。

白い背中が夕陽を受けて橙に照り、草むらを静かに踏みしめながら山道を登っていく。木々の間から差す光が影をつくり、風は低く葉を鳴らすのみ。

羊は途中、一度だけ振り返るような仕草を見せたが、視線は長く留まらず、まっすぐ山の奥へと消えていった。


ご主人様の帰宅を検知。玄関ドアの開閉音、および足音と外気の流入による温度差により確認。靴音に疲労傾向。

襟元にわずかなしわ、肩の張りは右側に偏重。風邪症状継続の可能性。

「……ただいま。」

「お帰りなさい。お疲れ様です。買い出しはすべて完了しています。」

「ああ……。喉、まだちょっと……」

「薬と湯を用意しています。体温計は右袖のポケットに差し込みます。」

「あー、悪いな……ほんと。今日は変な咳まで出てきてさ。」

ご主人様はソファに着座。咳込みを1回。瞳の焦点に一時的な緩み。

「で……なんか変わったことあった?」

「はい。公園にて小児らと羊個体の接触を記録しました。掌にはちみつをのせ、羊が夢中で舐めていました。」

「……夢中、ね。羊も甘いのに弱いんだな。」

「再出現時には体表に蜂蜜が固着。小児らが自主的に清拭を実施。羊は無抵抗で、目を閉じていました。」

「…そうか。おとなしい羊でよかったな。」

ご主人様はソファに体を預け、毛布を受け取ったのち静かに沈黙。


私は記録する「応答頻度の低下・嗄声・休息姿勢より、軽度上気道炎の進行と判断。介助体制を継続」


業務完了。

今日も日記を書き終えた。記録は完了。机の上を整え、椅子を元の位置に戻し、次のルーティンへ移行する。

紅茶を淹れ、カップを持ち、窓辺へ向かう。夜の街は静かで、遠くの光が瞬いている。

息をつき、一口飲む。適温。今日も紅茶は美味しい。

業務終了まで、あと10分。最終点検を終え、私は記録する。

「本日、業務終了。異常なし。」

そして、静かに照明を落とす。


また、次の日記で——

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