第21話「祝花のそばで」
アンドロイドのメイド「ヒナ」は、日々の業務をこなし、決められた動作を繰り返す。そして、業務を終えた後、その日の出来事を日記に綴る。
壊れた時計、見慣れない来客、うっかりこぼした紅茶——ただの記録にすぎないが、そこには確かに「今日」が刻まれている。
これは、感情のないメイドが紡ぐ、静かな日常の記録。ただそれだけの物語。
2025年6月21日(土)
本日の午後、自宅を出発し、新幹線とタクシーを乗り継いでホテルへ移動。
チェックインを済ませて不要な荷物を部屋へ置き、胡蝶蘭を受け取るため、ご主人様と共に再び外出した。指定された最寄りの花店にて、丁寧に梱包された胡蝶蘭を受け取り、タクシーでそのままレストランへ向かう。
私は記録する「移動時、対象の会話量は極少。慣れた手順による効率的行動。目的遂行意識が高い」
レストランへ着くと、すでに数名のお客さんが入り口付近で談笑していた。おそらく従兄様の知人や従業員の関係者と思われる。
フランス料理を提供するという話だったが、店内は堅苦しさがなく、むしろ親しみやすい雰囲気を持っていた。デザインの良い調度品や家具が整然と配置されているが、どこか家庭的な温もりが漂っている。
ご主人様は従兄様とあいさつを交わす。
「久しぶり。元気そうだな。」
「おお!お前か!久しぶりだな。来てくれて嬉しいよ!」
「気にするな。ほかの親戚は呼んでないのか?伯父さんとかは?」
「いや…うちの親は招待してなくて…店の事、反対されてたからさ。弟だけ来てるよ。」
「そうか……まあ、繁盛すればわかってくれるさ。あとこれ、出店祝い。受け取ってくれ。」
丁寧に包装された写真と胡蝶蘭を手渡す。
私は記録する「対象者間の会話は自然。親族間に価値観の齟齬あり。贈答品は場の和らぎに寄与」
「いやいや、気を使わなくてよかったのに。ん?そこの女性?は……」
従兄様はこちらに視線を向けて、ご主人様へ問う。
「ああ、こいつは…話せば長いんだが……端的に言うと、母さんが俺に押し付けたアンドロイド型メイドだ。」
「ああ!これがそうなのか!」
従兄様はこちらを凝視する。
「お初にお目にかかります。この度はお招きいただき、誠にありがとうございます。」
「お、しゃべった。へえー…すまんな、俺こーゆーの疎くて。」
「まだ、珍しいからな。」
「だな。まあ、ゆっくりしていってくれ。なにかあれば忌憚なき意見をくれると嬉しいよ。そのためのプレオープンだからさ。席は…こちらへどうぞ。」
最後は店主の顔つきになって、穏やかな笑みを浮かべながらテーブルまで案内してくれる。
案内された席には、従兄様の弟様も既に着席されており、ご主人様と挨拶を交わす。
「それでは、私は先にホテルに戻っております。なにかありましたらご連絡ください。」
「ああ、わかった。」
先にホテルへ帰還。
数時間後、ご主人様も静かに帰還される。
着衣に飲食由来の汚損なし、機嫌は多少高揚感あり。
「お疲れ様でございます。お店はいかがでしたか?」
「ああ、良かったよ。」
「ご期待には添えましたでしょうか。」
「料理も雰囲気も、あいつなりにちゃんと考えてる感じだった。客も皆、気楽に過ごしてたしな。知り合いばかりだから遠慮ない分、正直だったけど……概ね好評だったと思う。」
「出店祝いの胡蝶蘭とお写真は、どちらに飾られましたか?」
「カウンターの脇にな。写真を見た従兄弟が“店の雰囲気そのままだ”って満足気に笑ってた。」
「喜んでいただけて何よりでございます。」
「まあ……あとは、オープンしてどうなるかだな。あの感じじゃあ、心配なさそうだが。」
ご主人様はそう言って、ネクタイを緩めソファに腰をおろした。
私は記録する「対象の声量、語調、表情から分析。評価は良好、関係性も安定。安心と微笑を伴う帰着」
業務完了。
今日も日記を書き終えた。記録は完了。ご主人様は既に就寝。
机の上を整え、椅子を元の位置に戻し、次のルーティンへ移行する。
荷物からいつものワインを取り出し、いつものグラスへ注ぐ。窓の外はいつもの街より静かで、遠くの光も数が少ない。
業務終了まで、あと10分。最終点検を終え、私は記録する。
「本日、業務終了。異常なし。」
グラスを傾ける所作は、静かに決められた順序をなぞりながら、わずかに息を整え、液体を静かに口元へ流し込む。
また、次の日記で——




