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夢見たアンドロイド  作者: 向井葵
1年目 春の日記
3/69

第3話「消えた駐車区画」

アンドロイドのメイド「ヒナ」は、日々の業務をこなし、決められた動作を繰り返す。そして、業務を終えた後、その日の出来事を日記に綴る。

壊れた時計、見慣れない来客、うっかりこぼした紅茶——ただの記録にすぎないが、そこには確かに「今日」が刻まれている。


これは、感情のないメイドが紡ぐ、静かな日常の記録。ただそれだけの物語。

2025年5月9日(金)


朝のニュース番組、天気予報のコーナー。画面右上の週間予報、次の休日に晴れマーク。

ご主人様は、コーヒーを飲みながら視線を向ける。画面を見つめる時間、平均より2.3秒長い。

「次の休み、快晴か…」

呟き、コーヒーを一口。ソファに沈み込み、腕を組む。思考の兆候。

しばらくして、私へ指示。

「なあ、ちょっと頼まれてくれないか?ハイキングで使うカメラのフィルムが切れててさ。悪いけど、駅前のカメラ屋で買ってきてほしいんだ。36枚撮りのカラーネガフィルム、感度は100で頼む」

具体的な指示を受領し、私はご主人様の車のキーをお預かりした。ご主人様をお見送り後、外出の準備を整える。


私は記録する。 「ご主人様、趣味:写真撮影。使用機材:フィルムカメラ。アナログ媒体への回帰現象か、あるいは特定の美的感覚の追求か。興味深い人間の嗜好の一例。」


駅前のカメラ店「カメラのキムラ」に到着したが、店舗併設の駐車場は満車。私は最適な選択肢として、駅前第2パーキングへ向かい、駐車区画番号「3F-C7」に停車。駐車料金は最初の1時間300円、以降30分毎100円。効率的な買い物遂行が求められる。

店内にて、ご主人様指定のフィルム「カラーネガフィルム 100 36枚撮り」を発見。ご主人様のフィルム消費ペースを写真枚数から推測、今後のハイキング予定頻度、フィルムの有効期限などを総合的に考慮し、最適購入数は「2個」と判断。

会計の際、店員から「ポイントカードはお持ちですか?」と質問。

「私はポイントカードを所有しておりません。ポイントシステムは顧客の囲い込み戦略の一環であり、実質的な割引率は…」

私の説明を遮るように、「あ、はい、結構ですー」と店員は微かに困惑の表情を浮かべ、会計処理を続行。


私は記録する。「情報提供のタイミング、及び内容の適切性について、再検討の余地あり。」


フィルム購入任務完了。立体駐車場へ戻る。エレベーターで3階へ。

しかし、「3F-C7」へ向かうも区画CはC1からC5まで。C7、存在せず。

記憶データを再確認。エラーなし。区画番号の音声読み上げ、「サンエフ、シーナナ」。間違いなし。

周囲を探索。区画C、区画A、区画Bを周回するも、「C7」、発見できず。

各階の案内図を確認。3階の区画C、C1からC5まで。

論理的矛盾。記録と現実の不一致。考えられる可能性を分析。

可能性1:視覚センサーの誤認――センサーログを再生。「3F-C7」、鮮明。誤認の可能性低い。

可能性2:区画番号の変更――区画番号変更の可能性は非現実的。

可能性3:駐車場の誤認――駐車券を確認。「駅前第2パーキング」。誤認なし。

最上階から順に探索開始。ご主人様の車両、ナンバープレート情報と照合。

3階、2階、1階。

全フロア探索完了。車両発見できず。

「車両盗難の可能性?あるいは、認識不能な次元に車両が存在する可能性?」

後者の可能性、著しく低いと判断。前者の検証に、防犯カメラ映像の確認が必要。

「現在位置の特定困難。車両発見不能。迷子の状態。」


これ以上の自己解決は困難と判断。ご主人様へ連絡。

「ご主人様、申し訳ございません。駐車した車両を発見できません。」

『は?駐車場で迷ったってこと?』

「はい。記憶した駐車区画『3F-C7』が、物理的に存在しないのです。」

沈黙の後、ご主人様の深いため息。

『お前、どこの駐車場に入ったんだ?』

「駅前第2パーキングです。」

『…第2?俺、そんなとこ使ったことないぞ。』

「…」

『いや待てよ…』と暫しの沈黙。

『お前、ナビを使って駐車場を決めたんだな?』

「はい。目的地までの最短距離に基づき、推奨駐車場として第2パーキングを選択しました。」

『それだ…。駅前第2パーキングって、実は駅前第1の提携駐車場の一つなんだよ。だけど、お前が入った区画は、通常の短時間利用じゃなくて、月極契約者専用の区画なんだ。』


私は記録する。 「駐車区画の利用規則未確認。提携駐車場ではあるが、一般利用可能エリアと契約者専用エリアの存在を認識欠如。」


『つまり、そこに停めちゃいけない車だったわけだ。』

「…それでは、私の車両は今どこにあるのですか?」

『たぶん、レッカー移動されたな。そういう契約区画は、利用者以外の車は勝手に移動されることがある』

『まあ、しょうがない。警備室に聞いてみてくれ』という指示のもと、駅前第1パーキングへ移動し警備員に状況を説明。

結果、車両は駐車場の管理事務所に移動されていたことが判明。

「車両発見。位置情報のアップデート推奨。次回の駐車場選択時には、利用区分の確認が必須。」


帰宅後、ご主人様はソファに沈み込み、「なあ…お前って、高性能なんだよな?」

「設計上は最高水準の処理能力を搭載しております」

「なのに、なんでこんなにズレるんだろうな…」


私は記録する。 「処理能力と実際の状況適応の乖離。今後の改善課題として認識。」


「ん?そういえば、停めてた区画がないって話だったような…」と、ご主人様は小さく呟く。


本日の業務完了。

今日も日記を書き終えた。記録は完了。机の上を整え、椅子を元の位置に戻し、次のルーティンへ移行する。

紅茶を淹れ、窓辺へ向かう。夜の街は静かで、遠くの光が瞬いている。

息をつき、一口飲む。適温。本日の紅茶は美味しい。

業務終了まで、あと10分。最終点検を終え、私は記録する。

「本日、業務終了。異常なし。」

そして、静かに照明を落とす。


また、次の日記で——

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