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夢見たアンドロイド  作者: 向井葵
1年目 夏の日記
27/69

第2話「時を知らぬもの」

アンドロイドのメイド「ヒナ」は、日々の業務をこなし、決められた動作を繰り返す。そして、業務を終えた後、その日の出来事を日記に綴る。

壊れた時計、見慣れない来客、うっかりこぼした紅茶——ただの記録にすぎないが、そこには確かに「今日」が刻まれている。


これは、感情のないメイドが紡ぐ、静かな日常の記録。ただそれだけの物語。

2025年6月2日(月)


朝、アラーム音。

「……やばっ!寝坊した!」

布団から飛び出し、頭をかきむしりながら衣服を探すご主人様。シャツを無造作に引き抜き、ボタンを留める手は焦りで定まらない。洗面所へ向かい、顔を洗いながら目をこすっている。

「おはようございます。昨晩はもう少し早くお休みになれば、このような事態は防げたかと存じます。」

「夜更かしするつもりはなかった。気づいたら、こうなっていたんだ。」


私は記録する「ご主人様は時間管理能力に欠ける傾向あり。改善意欲は低い」


「朝食を摂られませんか?」

「時間ない、飲むからいい!」

ご主人様はプロテインドリンクを摂取し、食事は省略。出発直前に鍵を手に取り、足早に玄関を出る。

「いってくる!」

「いってらっしゃいませ。」


買い出しのため移動中、以前立ち寄った金魚専門店の前を通過。蘭鋳の姿は確認できない。

男児らが購入した可能性を考慮する。ご主人様は魚類に関心を示していたため、店内に入り品揃えを確認。

水槽内に「時不知(ときしらず)」の仔魚を発見。メダカほどのサイズ。腹部には栄養の詰まった”卵のう”が確認できることから、孵ったばかりと断定。知識データベースを参照。

時不知は鮭の一種であり、通常は秋に遡上するはずの鮭が、春から夏にかけて北海道沿岸で漁獲されるため「時を知らない鮭」と呼ばれる。

後ろから店主が話し始める。

知時不(ときしらず)は鮭の一種でしてね、本来は秋に遡上するんですが、4月から7月にかけて獲れて、6月の今は最盛期。だから『時を知らない鮭』と呼ばれるんですよ。」

店主は私の知識を必要とせず、説明を開始。

「しかし、これは鮭の稚魚とは異なるように見えます。」

「ええ、普通の鮭とは違いますね。でも、時不知(ときしらず)ですから。」

水槽の仔魚の卵のうが急速に縮小。稚魚へ変化。

「この成長速度は通常の範囲内ですか?」

時不知(ときしらず)ですから。」

水槽を見つめる。稚魚の体色が変化し、動きが活発になる。

成長過程が通常の速度を逸脱していると判断。

「これほど早く成長するというのは、生物学的に—」

時不知(ときしらず)ですから。」


私は記録する「この生物の成長速度は異常。店主の説明は繰り返しに終始し、核心を得ない」


店を出ると、既に日没が始まっている。店舗への入店時刻を考慮すると、滞在時間に異常を確認。

ご主人様の発言を思い出す。「気づいたら、こうなっていた。」


夜、玄関が開く音。ご主人様が帰宅。

歩行速度は通常より遅く、肩の位置も沈んでいる。目の下のクマは今朝よりも濃くなり、疲労の蓄積が視認可能。

「おかえりなさいませ。」

ご主人様は靴を脱ぐのも億劫そうに動作を鈍らせ、かすれた声で返す。

「ただいま…」

「今夜は快眠のために食事と入浴の温度を調整いたします。」

食事用意。消化に良く、体温を適度に安定させるメニューを構築。温かいスープ、軽めのたんぱく質、鎮静効果のあるハーブティー。

風呂温度調整。自律神経を安定させる適温に設定。照明も落とし、刺激を最小限にする。

ご主人様は食事を終え、入浴を済ませた後、静かにソファへ沈む。まぶたが重そうに閉じられる。

「今日は…妙に時間が長かった気がする。」

「私も、それが少し理解できました。」

ご主人様はわずかに顔を上げ、ぼんやりと私を見つめる。その瞳は疲労に覆われながらも、わずかに納得したような色を宿している。

「…そうか。」

言葉は短い。しかし、そこには確かな共鳴があった。


私は記録する「ご主人様と私は、時間の不確かさを共有」


ご主人様はソファから立ち上がる。足取りは重く、ふらつきながら寝室へと向かう。ドアノブに手をかける際、一瞬動作が止まる。

「…今日は、ちゃんと寝る。」

ご主人様は自身の疲労を認識し、行動を修正する意思を示す。


業務完了。

今日も日記を書き終えた。記録は完了。机の上を整え、椅子を元の位置に戻し、次のルーティンへ移行する。

紅茶を淹れ、カップを持ち、窓辺へ向かう。夜の街は静かで、遠くの光が瞬いている。

息をつき、一口飲む。適温。今日も紅茶は美味しい。

業務終了まで、あと、8分?最終点検を終え、私は記録する。

「本日、業務終了――………異常なし。」

そして、静かに照明を落とす。


また、次の日記で――

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