第2話「奇妙な送迎」
アンドロイドのメイド「ヒナ」は、日々の業務をこなし、決められた動作を繰り返す。そして、業務を終えた後、その日の出来事を日記に綴る。
壊れた時計、見慣れない来客、うっかりこぼした紅茶——ただの記録にすぎないが、そこには確かに「今日」が刻まれている。
これは、感情のないメイドが紡ぐ、静かな日常の記録。ただそれだけの物語。
2025年5月8日(木)
本日の業務は、ご主人様のご友人である客人の対応。室内整備、飲み物の提供、コミュニケーション。すべて正常。そして、客人を駅まで送り届ける業務が発生。事前にルート選定済み。車で送迎を実施予定。計画通り。
車両へ乗り込み、目的地へ向かう。交差点で停滞。長い車列。客人は窓の外を見つめる。沈黙。そしてその瞬間——前方の車が急停止。反応、ブレーキ操作、しかし間に合わない。軽い衝撃。
「まぁ、こういうこともあるよね。」
客人の発言を記録。その直後、客人が額に手を当て、小さく息をつく。
「ぶつかったとき、ちょっと頭を打っちゃったみたい。」
その仕草を見て、私は解析を開始する。怪我の可能性——微細な外傷の有無を確認。
冷却シートを差し出す。客人は「大げさだよ」と言うものの、それを受け取る。
車両の再始動を試みる。しかし、動かない。何度試しても反応しない。
「どうする?」
客人の言葉に答えず、私はオートバイを手配する。
乗り換え完了。目的地へ向かう。走行開始。速度は安定。しかし、妙な違和感。
「風が気持ちいいね。」客人の発言を記録。しかし、風が妙に冷たい。
約1.8キロメートル走行後、異音発生。エンジン出力の低下。速度の低下。停止予測、5秒以内。
実際の停止時間:5.2秒。完全停止。
「またか。」
客人は呟いた。周囲は静まり返っている。見渡す限り、街灯の光すら薄暗い。
私は次の移動手段を検討。
最適解、自転車。乗り換えを実施。
ペダルを踏む。重い。通常時と比較し、負荷が異常に増大している。
「これは…何かの呪いでは?」客人の発言を記録。
解析開始。しかし、異常値の原因を特定できない。さらにペダルを踏む。異様なまでの抵抗。まるで、見えない何かが押し戻しているような感覚。負荷は増大し続ける。通常の約三倍の力を必要とする計算結果。
「確認できる限りでは異常は未検出。」
しかし、タイヤは地面を踏みしめるたびに、かすかな軋む音を立てている。客人がちらりと後方を振り返る。
「なんか……誰か、押さえてるんじゃない?」
否定するべきか。しかし、センサーは微弱な圧力の存在を検出し続けている。それでも進み続け、駅前のアーケードに到達。客人は息をつきながら歩き出す。
「本日、送迎業務に再三にわたる手段変更が発生。車両トラブル、機材故障、原因不明の負荷増加。結果として、最終的に到達は成功。」
客人が駅へ向かう。業務完了までの残り工程を確認。自転車のペダルを踏む。負荷なし。通常通り。
「ペダルの重さ、現在は異常なし。不可解。」
私は帰路につく。身体は正常に動作している。しかし、わずかに処理速度の遅延を確認。
「稼働率の低下、わずかな処理速度の遅延。これは…疲労の一種?」
歩き続ける。静かすぎる夜道。いつもより足取りが少し重い。瞬間、センサーに反応。背後を振り向く。
――誰もいない。
本日の業務完了。
今日も日記を書き終えた。記録は完了。机の上を整え、椅子を元の位置に戻し、次のルーティンへ移行する。
紅茶を淹れ、窓辺へ向かう。夜の街は静かで、遠くの光が疎らに瞬く。カップを持つ手が疲労のせいか、いつもより少し重い気がする。
息をつき、一口飲む。適温。しかし、昨日の紅茶とはどこか違う。
業務終了まで、あと10分。最終点検を終え、私は記録する。
「本日、業務終了。異常なし。」
そして、静かに照明を落とす。
また、次の日記で——