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5.現実を突きつけた童貞

 その二日後。

 高峰精工に於いては、毎週水曜日は基本的に定時退社日となっている。

 楓之丞は終業のチャイムが館内に鳴り響くと同時にタッチ式のIDレコーダーへと歩を寄せ、IDカードを軽く触れさせて退勤時刻を打刻した。

 今日はアパートの隣室を訪れ、英語学習の指導について軽く打ち合わせを持つ予定となっていた。

 その前に少しばかり腹ごしらえをと考えてコンビニエンスストアに立ち寄り、握り飯やサンドイッチを備え付けの買い物かごへと放り込んでゆく。

 ところが――。


「あれ? 陽祭くん、何してんの?」


 どういう訳か、星羅が店内に足を踏み入れてわざわざ声をかけてきた。どうやら彼女も、つい先程退勤して社屋を出てきたばかりらしい。

 その星羅の目が、楓之丞が手にしている買い物かごにじっと据えられている。そしてその美貌が幾分不機嫌そうな色に染まり、柔らかな唇がきゅっと押し出された。


「んもぅ……そんなの買わなくたって、ちゃあんとわたしが晩御飯ぐらい用意してあげるからさ。早く帰ろうよ~」


 にじり寄って来る星羅に、楓之丞はまたもや押し切られてしまった。

 結局このコンビニエンスストアでは何も買わずに、星羅と肩を並べてアパートまで帰る破目となった。

 その道中、楓之丞は時間の節約の為にとTOEICでスコアを取る意味について解説することにした。


「ご存知かどうか分かりませんけど、正直いって、TOEICで高いスコアを取ったからといっても、それでそのまま海外旅行での英会話に活かせるかっていうと、全然そんなことないですからね」

「え……そうなの?」


 ラッシュアワーの電車内。

 星羅をドア横の車内壁に退避させて自らが痴漢除けの格好で壁役となりながら、楓之丞はやれやれとかぶりを振った。彼女のこの反応から察するに、どうやらTOEICで良い点を取りさえすれば、いつでも英会話が出来るなどと思い込んでいた様だ。

 だが事実は異なる。

 TOEICで高スコアを取ろうとするならば、英語の実力云々よりも、得点を取る為の技術的なコツが必要となってくる。それはもう純粋な英語スキルどうこうではない。完全に受験対策テクニックの領域だ。

 実際、TOEICスコア990保持者が海外へ出向いて、全く会話が成立しなかったという様な話は、よく耳にする。

 ぶっちゃけた話、TOEICを神聖視しているのは日本国内の企業ばかりであり、世界に於いては余り重要視されていないのが実情である。

 楓之丞も、資格手当が貰えるからという理由だけでTOEICを受験したに過ぎず、これで外国人と会話しようなどとは欠片にも思っていなかった。


「正直、本当に海外旅行の為に英語を勉強するならTOEFLの方が良いと思います。ただ、うちの会社はTOEFLは資格手当対象やないんで、俺は受けなかったんですけどね」

「う……そうなんだ……何か、急にモチベーションが下がってきちゃった……」


 歯に衣着せぬ楓之丞の辛辣な言葉に、星羅は物凄く微妙な表情を返した。

 しかし、全く意味が無いという訳でもない。少なくとも、英語脳を鍛える練習にはなる、と楓之丞は少しだけフォローした。

 会話は駄目でも、耳を慣らすことで相手のいっていることがニュアンス的に分かる様になるから、矢張り高スコアを目指すのは無駄ではないだろう。


「う~ん……まぁ、そうだよね。全く何の英語スキルも無いまま海外旅行に挑戦することを考えたら、やっぱり少しでも高いスコア取っておいた方が、安心っちゃあ安心かもね」

「まぁ、資格手当貰えるんで、それだけでも意味あるでしょう」


 そうこうするうちに、電車はふたりが住むアパートの最寄り駅に到着。そうしてそのままアパートまで帰り着くと、一旦お互いの部屋に戻って着替えを済ませてから、楓之丞が星羅の部屋を訪れる運びとなった。


「晩御飯用意するから、ちょっとだけ待っててね」


 Tシャツにハーフパンツ姿という、会社ではまず見ることが出来ないラフな部屋着姿で楓之丞を室内に招き入れた星羅。

 週末の夜にはあれだけ盛大にセクシーで淫靡な声を漏らしているというのに、この日は随分と色気を抑えたカジュアルな格好だ。

 尤も、楓之丞としても変に色っぽい姿で迫られるよりは、今のこの姿の方が大いに助かる。無駄にセックスアピールなどされようものなら、勉強どころではなくなるだろう。


「あ、今日はお酒は控えて下さいね。ちゃんとお勉強の話しないといけませんので」

「おっと、そうだよね。御免ゴメン」


 パスタとサラダ、ドリアなどをテーブル上に並べていた星羅だったが、当たり前の様に取り出していた缶ビールを慌てて冷蔵庫の中へと戻している。

 楓之丞に釘を刺されなければ、きっと一杯やっていたに違いない。


「じゃあ時間も勿体無いんで……」


 星羅お手製の料理にありつきながら、楓之丞はTOEIC受験には絶対に欠かせない過去問集を何冊もサイドテーブル上に並べていった。

 書店に行けば色々な対策本や問題集が販売されているが、楓之丞的には矢張り公式過去問集に優る教材は無いと思っている。

 そしてもうひとつ重要なのが、語彙集だ。英語学習に於いて語彙の数がそのまま実力に結び付くといっても過言ではない。

 如何に問題集を数多く解いても、肝心の語彙が頭の中に入っていなければそれだけで相当なリスクとなってしまう。どれだけ多くの語彙を正確に身につけているかが、勝負の分かれ目だといえるだろう。


「うひゃー……結局、暗記になっちゃうのかぁ……」

「地道で面倒ですけど、でもこれをやるとやらんとでは全然結果が違ってきますからね」


 パスタをつつきながら淡々と語る楓之丞。

 星羅もどうやら観念した様子で、分かりましたと素直に頷き返していた。

 ちなみに、彼女がこれまでに習得した語彙量は5000に届いていないらしい。これでは990など夢のまた夢だ。楓之丞的には少なくとも10000は必要だと考えている。


「きゃー! 普通に倍じゃん!」

「はい、倍っスね」


 目を白黒させて驚く星羅。

 ここでも楓之丞は一切、容赦しなかった。

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