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14.こき下ろした童貞

 その週の土曜日、午後。

 楓之丞は叶恵と共に、駅近くの大通りに面しているカフェチェーン店へと足を運んだ。

 そこで、輝樹との別れ話を進める為である。

 ふたりが店内に足を踏み入れると、相手の居場所はすぐに分かった。それっぽい男が、こちらに視線を向けて強張った表情を浮かべていたのである。


(また随分、お洒落してきてはんなぁ……)


 思わず苦笑に頬を歪めた楓之丞。恐らく輝樹は別れ話をひっくり返して、そのまま叶恵と仲直りのデートにでも行くつもりだったのだろう。

 ところがいざ叶恵が姿を見せると、その傍らには別のオトコが居る。そんな場面を見てしまったら、例え輝樹でなくとも顔が引きつってしまうだろう。


(まぁ、気の毒な話やけど……俺かてこれ以上、叶恵ちゃんに振り回されんのは御免やしな)


 まずは兎に角、交渉のテーブルに就かなくてはならない。

 楓之丞は叶恵を先に歩かせる格好で、輝樹が待つ四人掛けテーブルへと歩を寄せていった。


「叶恵……そいつ、誰だよ」

「えっと……前に何度か、話したことがあるよね……幼馴染みの楓くん……」


 その瞬間、輝樹の顔が真っ青になった。

 恐らくは楓之丞が格闘技に精通していることも、叶恵の口から伝わっているのだろう。

 であれば、彼はこの後で路地裏かどこかに連れ込まれて、ボコボコに叩きのめされるかも知れないなどと、ひとりで勝手に恐怖しているのだろうか。


(んなこと、やらへんてば……)


 内心で呆れながら、楓之丞は同じテーブルに腰を下ろした。形としては叶恵と並んで座り、輝樹と対峙する格好となった。


「はじめまして、陽祭です。俺のことは叶恵ちゃんからさんざん聞いてると思うんで、細かい自己紹介は省きますね」


 楓之丞は一気呵成にまくし立てる作戦に出た。

 下手に時間的猶予や、こちらがまごついている姿を見せてしまうと、相手に反撃の隙を与えてしまう。ここは一方的に喋り倒して輝樹の出鼻を挫くのが吉だろう。


「結論からいいますと、叶恵ちゃんは北中さんと絶対別れたいそうです。でもひとりでいうのは怖いから、俺についてきて欲しかったんですって」


 この時、楓之丞はうんざりした表情を隣の叶恵に向けた。彼自身は叶恵の味方ではないという態度をアピールすることで、輝樹に余計な警戒心を抱かせないという作戦だった。

 その思惑が、見事に嵌った。

 輝樹は最初の内は随分と強張った顔つきを見せていたが、楓之丞が苛ついた表情をしきりに叶恵に向けていると、次第に輝樹も楓之丞に対して同情の苦笑を浮かべる様になっていた。


「何っていうか……キミも大変だね」

「ホンマっすよ……幼馴染みやからっちゅうて、何でもいうこと聞いてくれるとか思ってますからね。北中さんも叶恵ちゃんとの付き合い方、考えた方がエエっすよ。今はしおらしいかも知れませんけど、この先、俺みたいな扱いされるんちゃうかって思うたら、気の毒でしゃあないっスわ」


 更に楓之丞は、小学生から中学の頃までの叶恵の性格やひと使いの荒さなどを、ねちねちと執拗に攻撃しまくった。

 最初は笑って聞いていた輝樹も、次第にその表情が強張ってきている。

 彼は叶恵に理想の彼女像を抱いているらしいのだが、楓之丞は叶恵がそんな存在には絶対になり得ないという意味の言葉を並べたてつつ、徹底的に彼女をこき下ろした。

 曰く、借りた金は中々返さない。

 曰く、他所で平気な顔して親しい者の悪口をばら撒く。

 曰く、簡単に嘘をつく。

 曰く、都合が悪くなったら自分のことだけを最優先に考える。

 実はこれらは全て、楓之丞自身が叶恵から受けた被害そのものだった。このうち大半は叶恵が輝樹と付き合っている最中にやらかしたものばかりだったが、輝樹には自身が共犯だという認識は皆無だった。

 その為彼は、楓之丞には同情的な眼差しを、そして叶恵には咎める様な視線を送る様になっていた。

 そうして小一時間程、だらだらと喋り続けていた楓之丞だが、いきなり輝樹の方が、もう分かったといわんばかりにさっと右の掌を掲げてきた。


「ありがとう、陽祭くん……かなり貴重な情報を色々と聞かせて貰えて、俺もすっかり目が覚めた気分だよ」


 輝樹は楓之丞が暴露しまくった叶恵の汚点に対し、相当辟易した様子を見せていた。

 一方の叶恵も、楓之丞の言葉には何も反論せずにただじっと黙って俯いたままだったから、輝樹もそれらの汚点が間違い無く事実だと認識したのだろう。


「北中さん……エエ判断やと思います。世の中には叶恵ちゃんなんかよりも、もっと良さげな女の子が一杯居てはりますしね。一度リセットして、色んな女の子を見て貰った方がエエと思いますよ」

「うん、ホントにそう思うよ……今日は、イイ話が出来たよ」


 そこでこの場は、お開きとなった。

 輝樹はやけに機嫌が良く、楓之丞と叶恵の分の会計も自分が持つといって伝票を手に取り、レジへと軽やかに歩いてゆく。

 その後ろ姿を、叶恵は幾分唖然とした様子で見つめていた。


「凄い……ホントに、別れられちゃった……」

「あんだけ徹底的にこき下ろしたんやから、北中さんも、もうエエわってな気分になったやろ」


 十代半ば頃まで、間近で彼女を見ていた幼馴染みの証言という最も説得力のある情報に、輝樹はすっかり叶恵への情を捨て去ってしまった様だ。

 これも全て、楓之丞の想定内だった。


「でも……どうやって、こんな方法思いついたの? ホントに、よくいいくるめられたよね……」

「どうやっても何も、目の前に前例が()るから」


 叶恵は楓之丞の言葉の意味が理解出来ないらしく、きょとんとした顔でこちらを見つめてくる。

 ここまで頭が弱かったのか――楓之丞は心底呆れた。


「せやから、俺が叶恵ちゃんに散々裏切られて酷い目に遭わされたってことを、表現変えていうただけや。そんな話聞いたら、誰かて嫌になるって」


 その瞬間、叶恵は愕然とその場に凍り付いた。

 一方、楓之丞は用が済んだとばかりに席を立った。

 これ以上、叶恵の為に時間を費やすのも馬鹿馬鹿しかった。

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