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10.任せることにした童貞

 漸く、回復の兆しが見えてきた楓之丞。

 熱も37度台前半に落ち着き、全身の節々に走っていた痛みもほとんど消えた。頭痛も無く、通常通りに体を動かすことが出来る様になっている。


「良かったぁ……陽祭くん、もう大丈夫そうだね」


 この日も朝から看病に訪れていた星羅だったが、楓之丞はもう大丈夫だからと、彼女を隣室に追い返そうとした。

 ところが星羅は、もうあと一日だけ看病させて欲しいなどといい出してきた。


「だって、治りかけが一番危ないんでしょ?」

「それは熱下がったからいうて、調子に乗って無茶したらの話です。今日は大人しくしときますんで」


 そうやって何とか星羅を自室から追い出そうとしたものの、しかし結局のところ星羅は、隣室には戻らなかった。どうしても最後まで看病したいといって聞かないのだ。


「……お気遣いは有り難いんですけど、そこまで御迷惑おかけするのは何ぼ何でも悪いですよ」

「気にしないで。わたし、迷惑だなんて全然思ってないから」


 そんなことをいいながら、星羅はキッチンに立って食事の準備に着手した。この日は病人食ではなく、星羅とふたりで一緒に食べることが出来る簡単なメニューを作るという話だった。


「あ、それでさ、陽祭くん……こないだの話なんだけど……」


 ふたつの丼にゆで上がったうどんを流し込みながら、星羅がキッチンから視線を投げかけてきた。その瞳には伺う様な色が滲んでいる。

 そしてしばし、言葉が途切れた。どうやって切り出そうかと悩んでいる様子だった。

 が、遂に意を決したらしく、星羅は妙に気合を入れた顔つきで楓之丞の顔をじっと見つめてきた。


「その……わたしが風岡さんと付き合ってるみたいな話だけど……アレさ、ホントに違うから。わたし、風岡さんのことをそんな風に見たことなんて、一度も無いんだからね」

「え……ほんならただのセフレってことですか」


 楓之丞の中では、星羅と由伸には何らかの肉体関係があるという図式が成り立っている。

 仮に星羅が由伸のカノジョではないにしても、由伸が星羅の部屋を訪れていた事実と、毎週末に聞こえてくる激しい喘ぎ声をセットで考えると、どうしてもその発想から離れることが出来ない。

 すると星羅は、その美貌に心底困った色を乗せながら、トレイにふたつの丼を乗せてベッド脇のテーブルに歩を寄せてきた。


「うーん……何でそういう結論になっちゃうんだろなぁ……わたし、風岡さんを部屋に入れたことなんて、一度も無いんだけど……」


 楓之丞は内心で小首を傾げた。

 星羅の証言が事実とするならば、これまでの状況証拠は何と説明すれば良いのか。

 ところがここで星羅は何かを思い立った様子で立ち上がり、楓之丞の顔を間近に覗き込んできた。


「じゃあ……証拠持ってくるから、ちょっと待ってて」


 そういって彼女は楓之丞の部屋を飛び出していった。

 一体何事かと唖然としていた楓之丞だが、ものの五分としないうちに星羅は再び楓之丞の部屋に引き返してきた。その手には、何やらゲームのパッケージらしきものが握られている。


「はい……声の正体は、これだと思う」


 いいながら星羅が差し出してきたのは、18禁エロゲだった。

 受け取った楓之丞は、思わずまじまじと見入ってしまった。


「えっと、そうだね……陽祭くんのマシンでちょっと、動かしてみる?」


 うどんをすすりながら提案してきた星羅。楓之丞は怪訝な顔つきで個人用ノートPCを起動し、ディスクドライブにいかがわしいイラストがプリントされた円盤を投入した。

 そうしてゲームが始まり、少しばかり進めてみると――。


「あ、この声」


 楓之丞は、驚きを禁じ得なかった。

 ノートPCから聞こえてきたゲーム内キャラクターの、艶めかしい喘ぎ声。これは確かに、今までさんざん聞かされてきた隣室からの、あの一連の声の響きだった。


「どう? 納得してくれた?」


 微妙に顔を赤らめて、それでも真剣な表情で迫って来る星羅。

 ここまで完璧な物的証拠を見せつけられては、楓之丞としても納得せざるを得ない。

 星羅曰く、彼女は高校の頃からエロゲが大好きだったのだという。

 これ程の美貌とセクシーな肢体の持ち主がまさかのゲームオタク、しかも18禁の世界に造詣が深いなど、流石に想像出来なかった。


「でも、御免ね……何だか、随分迷惑かけてたみたいで」


 バツが悪そうに頭を掻く星羅。

 これで自身の疑いが晴れたと思ったのか、彼女は少しばかり安堵の表情を浮かべた。が、楓之丞の中ではまだ全てが解決した訳ではなかった。


「え、何? まだ何か、疑ってたりする?」

「そうですね……風岡さんが夢咲さんの部屋に来てたことは、間違い無いですよね? 俺、一度この目でちゃんと見てますから」


 すると星羅は、何かを思い出した様子で喉の奥から小さな驚きの声を漏らした。


「あ……もしかして由貴ちゃんを匿ってた時の話かな」

「誰ですか、それ」


 突然飛び出してきた未知の名前に、楓之丞は眉間に皺を寄せた。すると星羅は、御免ゴメンと苦笑を浮かべながら拝む様な仕草を見せた。


「えっとね……ちょっと前に風岡さんのカノジョをうちに匿ったことがあったの。由貴ちゃんっていって、わたしの中学高校の時の友達なんだけど……」


 曰く、由伸は星羅とは同じ中学、同じ高校の先輩後輩だったらしい。高校までは星羅の方がふたつ年下の後輩だったが、今は逆に星羅の方が会社の先輩という立ち位置だった。

 そんなこともあるのかと、楓之丞は内心で驚きを禁じ得ない。

 そして星羅が風岡を妙に毛嫌いしているのは、親友だった由貴という女性に対し、恋人だった風岡が不義理な行動ばかり取っていた為、相当な不信感を抱いているということが原因らしい。


「今はもう、由貴ちゃんは風岡さんとは別れて事無きを得てるんだけど……」


 今度は由伸の魔の手が自分に及びそうになっているから、正直辟易しているのだという。

 楓之丞は成程と頷き返しながら、しかし結局のところ、ほとんど何も解決していない事実を改めて認識するしかなかった。


(風岡さんが俺にウザ絡みしてくる原因が夢咲さんってことに変わりはないからなぁ……)


 ただ単に、星羅と由伸の関係性が恋人から同僚に降格しただけで、明日以降も由伸が何かと突っかかってきそうなのは目に見えていた。


「あ、でも風岡さんのことは本当に、わたしに任せて。高校まではわたしの方が後輩だったけど、今はもうわたしの方が先輩なんだから、いうべきことはきちっといわせて貰うよ」


 星羅がふんすふんすと鼻息荒く気合を入れている。

 そこまでいうのならば、お手並み拝見だ――楓之丞はひとまず、全てを彼女に委ねることにした。

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