私の暗黒騎士様
「呪物聖女アリス。貴様、何を言っているのだ?」
村長の凍てついた声が響き渡る。
「夢魔の呪物は寄生虫の魔物をベースに作られた呪物です。夢を見る度に卵を産み落とされ徐々に夢魔の寄生虫によって身体を支配されていくのが特徴なんです」
たちまち空気が凍り付くのが分かった。
私は構わず話を続ける。
「恐らく神官様は夢魔に操られ命を落としたのでしょう。でなければ命を触媒にしてまで防護結界を張るなんて馬鹿な真似は出来ません。盗賊団の襲撃に身の危険を感じた夢魔の呪物がとっさに神官様に命令を下した。まあ、そんなところでしょうか」
私がそう言うと、村長を始めとした村人達は強張った顔で何かを確認するかのように自分の身体を触り始めた。
「皆さんがどんな経緯で夢魔の呪物を手に入れたのかはどうでもいい話です。でも、これだけは言えます。可能な限り呪物に関わるべきではなかった、と」
私がそう言い終えると、聖域結界によって夢魔の呪物の浄化作業は完了する。
全ての触手は全て消滅し、村は静寂に包まれた。
それと同時に、バタバタと何かが地面に崩れ落ちる音が聞こえて来る。
見るまでもなく、それは村人達がこと切れる音だった。
「何故、村の者達が倒れるのだ⁉」
村長がそう悲鳴を上げている間も、次々と村人達は地面に崩れ落ちていく。
「自覚症状は無かったかと思いますが、村の皆さんは既に無数の寄生虫によって脳のほとんどを食いつくされていたのです。夢魔の寄生虫が脳の代用となり、皆さんを密かに操っていた。魔力の供給源を失ったお人形さんがどうなるかは御覧の通りですよ」
その時、村長は両目を剥き出しにしながら何かを叫ぼうとするも、その前に地面に崩れ落ちた。
もう誰も動くことはなかった。
私はシュラに振り向くと静かに告げた。
「シュラ、お母様とお別れを……」
「もう済んでいるよ」
見ると、シュラのお母様の身体が真っ白になり、徐々に崩れ落ちていくのが見えた。
「アリス、母さんを救ってくれてありがとう……」
そうしてシュラのお母様は愛する息子に抱かれたまま灰となって消えて行った。彼の身体が震えているのが分かった。
私は彼から背を向けると、静まり返った村の景色を見渡した。
呪物は人の闇を曝け出し狂気へと誘う。もし、彼等が後ほんの少しでも強い心を持っていればこの悲劇は回避出来たのかもしれない。
魔王は死後も人類の脅威として世界に恐怖と絶望を与え続けている。
でも、それは本当に魔王によるものなのかは判断しかねるところだった。
私がそんな風に黄昏ていると、シュラが私に声をかけて来た。
「次はオレの番だな」
シュラは私の前で跪くと深々と頭を垂れて来る。
「オレも呪物だ。回収でも浄化でもアリスの好きなようにしてくれ」
その時になり、私はシュラが魔装の呪物の呪いをかけられていたことを思い出す。
呪物を回収するならば、時間凍結処置を施して丸ごと呪霊スライムに取り込ませることになる。そうなった場合、シュラは永遠の苦しみを味わうことになるだろう。
しかし、友達とはいえ特別扱いをするわけにはいかない。この世に存在する全ての魔王の呪物を回収した時、ようやく人類は平和と安寧を得ることが出来るのだ。魔王の呪物を回収することは全人類の悲願であると同時に私の夢でもあった。
「ならば好きにさせていただきます。シュラ、貴方、私の騎士になってください」
「……へ?」
間の抜けたシュラの声が夜空に響いた。
「聖女は護衛の騎士を一人だけ任命することが出来るんです。だからそれをシュラにお願いしたいと思いまして」
「でもオレは魔装の呪物に呪われている。聖女の騎士になる資格なんて……」
「普通の聖女なら聖騎士を任命しますが、私は呪物聖女なんで暗黒騎士がちょうどいいんです」
「暗黒騎士? オレのことか?」
「呪物で造った鎧を身に纏った貴方の姿は、まさしく暗黒騎士と呼ぶに相応しい雄々しい姿でした。呪物が大好物な私には願ったり叶ったりです!」
私はシュラの前に右手を差し出す。
「もし私のお願いを聞き届けてくれたら、貴方の回収は一番最後にしてあげます。イエスなら手の甲に誓約の口づけを」
シュラは微塵も迷った素振りを見せず私の右手を取った。
「分かった。喜んでオレは呪物聖女アリスの騎士になろう」
シュラは微笑むと私の右手の甲に優しく口づけをする。彼の柔らかい唇の感触が右手に伝わり、全身に電撃が走ったかのような衝撃を受けた。
今の感覚は何? 私はほんの少しだけ動揺してしまった。
「アリス、どうかしたのか?」
「いいえ、何でもありません」
自然と笑みが零れ落ちた。
「アリス、オレは全身全霊で君を守ることを誓う。二度と君を傷つけさせはしない」
シュラの真っ直ぐな瞳と情熱的な言葉が私の胸を突いた。
「ええ、頼りにしていますよ、我が暗黒騎士シュラ」
闇夜の中、月明かりが私達を照らした。
私は昼よりも夜が好きだ。この瞬間、ますます夜が好きになったのは言うまでもなかった。