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夢魔

 シュラを始め、村人達は私に驚愕と畏怖の眼差しを向け戦慄していた。

 まあ、こんな可憐な聖女が生首だけの姿で宙に浮き、かつバラバラになった四肢を一瞬で復元したら驚きもするでしょうね。

 私は落ちていた聖女の杖を魔力で引き寄せると、両手で持ち直し背後に佇む夢魔の呪物に振り返った。


「な、何をするつもりだ⁉」


 村長の上擦った声が響いて来る。


「もちろん皆さんの嫌がることをさせていただきます」


 私はそう言って聖女の杖を振り上げた。


「や、止めろ、止めてくれ!」


 その時、村長の叫びに反応するかのように夢魔の呪物から無数の触手が伸び、私の全身に絡みつく。でも、今回はさっきと違って両手は自由のままだ。私は構わず一tの重さのある聖女の杖を振り下ろした。今度はシュラの横槍は入らなかった。

 聖女の杖は夢魔の呪物の手前の床に振り下ろした。床は砕け散り、その衝撃で教会全体が激しく揺れ動く。

 すると、砕いた床の下から別の触手が現れた。数はいっぱい。いちいち数えるのも億劫だ。

 私は床の下から湧いて出て来た無数の触手に向かって再び聖女の杖を振り下ろす。その衝撃で、教会は轟音を響かせながらほぼ一瞬で崩壊した。

 私は教会の崩壊と同時に外に飛び出ていた。

 目の前にうようよと蠢く無数の触手が展開していた。シュラのお母様は逆さ十字架に磔にされたまま触手によって宙に浮いた状態になっている。地面から伸びる無数の触手と逆さ十字架から伸びる触手は繋がっていた。どちらが本体か一瞬だけ迷ったが、そんなの考えるだけ無駄だと思い私は両手で聖女の杖を身構えた。どの道、全て吹き飛ばすだけ。考えるまでも無かった。


「アリス、これは何が起こっているんだ⁉」


 私同様、教会の崩壊と同時に外に飛び出ていたシュラが背後から話しかけて来る。


「何って、潜んでいた残りの夢魔の呪物が姿を現しただけですけれども?」


「夢魔の呪物はこんなに途方もない存在だったのか?」


 唖然としたシュラの声に私は思わず笑いそうになる。


「こんなのまだ可愛いものですよ? 以前、私が回収した『キノコの呪物』なんて国全体に胞子と呪いをばら撒いていて何千何万という人間がキノコ人間になっていましたから後始末が大変でした」


「その時はどうやって回収したんだ?」


「もちろん、極大殲滅魔法(メギド・バースト)で全てを焼き払ってから、焼け残ったキノコの呪物を回収しました」


極大殲滅魔法(メギド・バースト)で焼き払う? アリス、まさか村ごと全てを吹き飛ばすつもりなのか……⁉」


「ご安心を。今回ばかりは力技は封印します。だって、シュラのお母様を燃やすわけにはいきませんから」


 私はそう言ってシュラに振り向いた。見ると彼の顔が驚きに満ち溢れていた。


「あんなことをしでかしたのに、まだオレの願いを聞いてくれるのか?」


「だって私達、お友達じゃないですか。そんなの当たり前でしょう?」


 シュラは何を言っているのでしょうか? 私は目を点にしながら彼を見た。

 すると、シュラの顔が歪み、瞳が潤んでいるのが見えた。


「すまない。恩に着る、アリス! 全てが終わったらオレは……」


 私はシュラが全てを言い終える前に、彼の唇を人差し指で塞いだ。


「野暮なことは言いっこなしですよ。次につまらないことを言ったら、容赦なく貴方のお尻をこの聖女の杖でぶちますからね?」


 私はそう言ってウインクする。


「そ、それはおっかないな……十分気をつけるよ」


 心なしかシュラの顔はほんのり蒼白しているように見えた。心なしか身体も震えている? もしかして私の冗談を真に受けたのかもしれない。


「冗談ですよ」


「質の悪い冗談だ」


 そう言ってシュラは引きつった笑みを浮かべた。


「それで、こいつをどうするつもりだ?」


「魔法で燃やすのが一番手っ取り早いのですけれども、それをするとシュラのお母様まで燃やしてしまいます。かと言って、一本一本触手を消し去るような手間もかけられません。ですので取るべき方法は一つです」


 私はそう言ってシュラに右手を差し伸べた。


「シュラ、私に瘴気で剣を造ってもらえませんか?」


「何故、オレが瘴気で剣を造れると知っているんだ?」


「貴方が生まれ持った呪いとは『魔装の呪物』なのでしょう? それは瘴気で思うがまま武器や鎧を生成可能な呪物。かつて魔王が好んで使っていたスキルらしいです。とにかく瘴気の濃い禍々しい剣を造ってください」


 かつて魔王は戦いに赴く際、瘴気で作り上げた武器や鎧を身に纏っていたらしい。思うがままいかなる武器や鎧を瘴気から作り上げることが出来るので魔装の呪物と呼ばれていた。先程、彼は瘴気の鎧を造って見せた。私の頭の中には全ての呪物の情報が詰まっている。一つでも情報があれば、それが何の呪物なのか簡単に推定することが可能なのだ。

 シュラは一言「分かった」とだけ呟くと、右手に魔力と瘴気を集中し始める。すぐに彼の右手には漆黒色の剣が出現した。


「気をつけろ。一振りで岩くらいは簡単に斬り裂けるからな」


「ありがとうございます。では、早速」


 私はシュラから剣を渡されると、そのまま聖女の杖を握っている左手首をスパッと切り裂いた。たちまち傷口から血が噴き出て来る。


「おま、何をしているんだ⁉」


「私の血は様々な呪いに汚染されているんです。この血を使って夢魔の呪物に呪いを感染させれば簡単に無力化することが可能だと思いまして」


「そんなことを聞いているんじゃない! そんな簡単に自分を傷つけるなって言っているんだ! でも、先程アリスを殺してしまったオレにそんなことを言う資格は無いのかもしれないが……」


「私がこの程度の傷で死なないのはご存じのはずでは?」


「でも、アリスは普通の女の子だろう⁉」


 シュラは苛立った表情で私を睨みつけながらそう叫んだ。

 彼は何を言っているんだろうか? 私が手首を切った程度で私が死なないことは分かっているだろうに。でも、彼の瞳に優し気な光が宿っていることに気付くと、私の胸はほんのり熱を帯びるのを感じた。

 私は心の中で何度も「普通の女の子だろう⁉」という彼の言葉を反芻する。

 そっか、私って、シュラから見たら普通の女の子に見えるのね? 自然と笑みが零れ落ちた。


「何を笑っているんだ? オレは真面目に言っているんだぞ?」


「そんなこと分かってますよ。ただ……」


「ただ、何だ?」


 私は唇に人差し指を当てながらこう答えた。


「それは内緒です」と。


 シュラは眉間に皴を寄せながら何かを言いかけて言葉を呑み込んだ。

 

「とにかく、もう二度と自分を傷つけないと約束してくれ。じゃないと、オレが嫌だ」


 そう言って、シュラは深く嘆息すると、私から目線をそらした。

 彼は私を心配してくれているのね、と思いながら再び笑みが零れ落ちる。


「はい、可能な限り善処しますので……!」


 私はそう言って、血が噴き出る左手に魔力を集中させる。すると、噴き出た血液は意志を持っているかのように浮き上がると一本の真紅の槍に姿を変えた。


呪血槍(ブラッディ・ランス)


 私が呟くのと同時に、血で作り上げられた真紅の槍は夢魔の呪物に放たれた。

 槍はシュラのお母様の頭上で蠢いていた触手に突き刺さる。

 

「終わりです」


 次の瞬間、真紅の槍が突き刺さった触手は動きを止め真っ白な灰と化す。連鎖反応を起こしたかのように他の触手も同様に動きを止めた後、真っ白な灰となって崩れ落ちていった。呪いが瞬く間に触手全体に感染して行き、間もなく夢魔の触手は消滅した。消滅した夢魔の呪物は瘴気となって霧散する。

 宿主であるシュラのお母様を残して。

 触手から解放されたシュラのお母様は地面に勢いよく落下する。

 

「母さん!」


 彼女の身体が地面に激突する前にシュラが抱き止めていた。母を取り戻せたシュラの顔が安らぎに満ち溢れるのが見えた。

 その時である。突然、激しい地鳴りが響き渡ると周囲が激しく揺れ始めた。

 地が裂け始めると、そこから別の触手が現れたのだ。


「まだ残っていたのか⁉」


「どうやら呪いが伝染する前に枝切りをしたみたいですね。でも、それは無駄な抵抗に過ぎません」


 私は魔力を込めた聖女の杖を頭上にかざす。


聖域結界(サンクチュアリ)発動!」


 聖女の杖から眩い魔力が夜空に放たれた。たちまち闇夜は掻き消され昼間の様な眩しさが村全体を照らし出す。

 村の上空に、周辺を覆い尽くすほど巨大な魔法陣が幾重にも重なって現れると、村全体に聖なる光が降り注がれた。

 魔法陣の光に触れた触手は苦しそうにもがき始める。それはあたかも断末魔の叫びのようであった。

 

「このまま夢魔の呪物を浄化します。シュラ、よろしいですね?」


「ああ、頼む。母さんを地獄から救ってくれ……!」


 その時、背後から大勢の人の気配がする。そして、村長の悲痛な叫びが耳に入って来た。

 

「それは許してくれ! 御神体は貧困に苦しむ村の唯一の救いなんだ! お願いだから、我々から生き甲斐を奪わないでくれ……!」


 いつの間にか、近くで教会の崩壊から逃れた村長が私に土下座をしながらそう哀願している姿が見えた。その他にも、生き残った村人達も同様に土下座をしている姿が見えた。


「何が生き甲斐だ⁉ オレの母さんや罪のない多くの人々を犠牲にしておいて、どの口がほざくのか⁉」


 シュラの激高した声が響いて来る。


「シュラ、差別と迫害を受け続けて来たお前になら分かるはずだろう⁉ 餓えや貧困という厳しい現実から逃れるためには、夢に頼る以外に方法がない。夢が無くなったらこの村は終わりだ……絶望しかない現実に耐えることは出来ないのだ……!」


「お前達は自分のことしか考えられないのか⁉ 少なくとも、どんなに貧しかろうともオレと母さんはこの村に来るまで幸せだった。それをお前達はオレ達から奪い取ったんだ。許すことなど、絶対に出来るものか!」


 私は聖域結界(サンクチュアリ)が夢魔の呪物を浄化する光景を眺めながら、ただ茫然とシュラと村長の怒鳴り合いに耳を傾けていた。

 辛い現実を忘れたいがために夢にすがる、か。私には理解できない内容だった。


「貴方のおっしゃっていること、実にくだらないです」


 私のその一言で、周囲の空気がピリつくのが分かった。

 

「なん、だと?」


 村長の殺気立った声が聞こえる。


「だってそうじゃないですか? 夢なんてすぐに醒めるもの。一時しのぎの現実逃避に何の意味があるのでしょうか? それに、もう貴方達は夢を見る必要もありません。だって、もう既に死んでいるんですから」

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