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呪い子

 オレは呪い子としてこの世に生を受けた。

 生まれた時から瘴気を放ち、夜になるとオレの周囲には邪霊が集まり周囲の大人達を畏怖させていたという。

 まさしく呪われた子であった。そんなオレを周囲の人間はとっとと殺すか聖女教会に預けるように度々両親に迫ったらしい。しかし、父も母もそれを断固拒否したらしく、オレは幸運にも捨てられずに優しい両親に溺愛されながら育てられてきた。

 そんなオレに両親はシュラと言う名を与えてくれた。名前の由来は戦いの神から取ったという。強く優しい人間になれ、と子供の頃から両親に言われ育ってきた。そのおかげで、オレは呪い子と差別を受け続けても誰かを恨もうとは思ったことは一度も無い。我ながら真っ直ぐな人間に育ったと思う。

 裕福ではなかったが、餓えもせずオレ達家族は幸せな生活を過ごしていた。

 そう、オレが10歳の頃、父が流行り病で亡くなるまでは。

 父という稼ぎ頭を失った我が家は、瞬く間に貧困のどん底に落ちて行った。その日のパンにもありつけない日々が続き、オレの呪いのせいで故郷の街を追われることになってしまった。

 オレは母メアリーと共に、長い時間を放浪することになる。色々な村や街に行っては物乞いの様な生活を過ごしていた。

 しかし、優しい母がいたおかげで、少なくともオレは不幸に感じたことはなかった。

 心にあるのは、早く大人になって母を楽にさせてやりたい。ただそれだけを一心に思い、オレは放浪先の街や村で一心不乱に働き続けた。

 そして、長い放浪生活の末に辿り着いたのが片田舎に存在する名もなき農村だった。

 村長を始め、村の皆は呪い子であるオレを母ともども快く迎え入れてくれた。家を与えられ、畑と家畜をくれた。差別や偏見は無く、穏やかで幸せな日々を過ごすことが出来た。オレは村に恩を感じ、彼等に尽くすことを心に誓った。母と一緒にこの村に骨を埋める覚悟をした矢先にそれは起きたのである。

 ある日、母は教会に行ったきり家に返って来なかった。心配に思い、教会に向かうと、そこでオレは悪夢の様な光景を目にしたのだ。

 母が教会の中で逆さ十字架に張り付けられ、見るもおぞましい触手に身体の穴という穴を塞がれ全身を拘束されていたのだ。

 そこでようやく村の本性を知った。奴らは魔力の高い女性を生贄に探していた。偶然村に現れた母は潜在的に強い魔力を持っており、それに気づいた教会の神官が母に目を付けたのだ。

 

「これは村の御神体なのだ。贄を捧げれば、我々に幸福な夢を見させてくれる。もう我々は御神体がなくては生きていけない身体になってしまったのだよ」


 年老いた神官は歪な笑みを浮かべながらオレにそう言って来たのを今でも覚えている。

 オレは当然、母の解放を要求した。母を解放しなかった場合、自分の呪いを暴走させ村を破壊すると脅しをかけるも、交渉は決裂に終わった。

 村長や神官はそれは不可能だと断言したのだ。

 これは夢魔の呪物と呼ばれる物で、一度人間を取り込んだら解放することは不可能だ。解放するには器であるお前の母を殺すしか無い、と。

 この時、夢魔がもたらす夢の快楽におぼれ、村人達は完全に中毒症状を起こしていた。貧しく辛い現実を忘れる為には夢魔の存在が必要不可欠であり、もはや身も心も完全に支配されてしまっていたのだ。

 結局、オレはこの日、村長と神官に屈してしまったのだ。

 その日から、幸せな生活は終わり、母の命を盾にとられた奴隷生活が始まった。

 母を殺されたくなければ馬車馬のように働け、と脅されたオレは、家を奪われ家畜小屋での生活を強いられた。

 自分だけ村から逃げ出すことも出来たが、母を見捨てることは出来ない。聖女教会に通報しようにも、それをすれば母は殺されてしまう。

 どうしようも出来ないまま、オレは母と会えぬまま数年の月日が流れ、遂にあの日を迎えたのだ。

 17歳になると、オレは呪いの力も強まり様々な能力を使えるようになった。瘴気を操って剣や鎧を造れるスキルもその一つだ。

 そのおかげでオレは昼は奴隷のように村で酷使され、夜になると村の警備を強要された。その頃は魔物が頻繁に村を襲うようになり、母を守るためにもオレは夜な夜な村を警備して回っていた。

 結果的に、オレは更なる村の闇を垣間見ることになる。

 オレが夜、村を巡回していると、教会で何やら騒ぎがあった。何事かと密かに様子を見に行き、そこで村人達が一人の旅人を縛り上げている光景を目にする。旅人は激しく抵抗するも、そのまま教会に連れ込まれてしまった。オレは気になり、教会の中を覗き見た。

 それはあまりに凄惨な光景だった。母を拘束していた触手が旅人を生きたまま貪りつくしていたのだ。

 夢魔の呪物は生命維持の為に定期的に生贄を摂取する必要があることを、オレはこの時初めて知る。

 もう母をこのままにはしておけない。オレは聖女教会にこのことを通報する決心をした。

 しかし、この時、村にとって誤算だったのが、その日生贄に捧げた旅人が盗賊団の斥候だったことだ。その直後、村人が一人行方不明になった。恐らくは盗賊団に捕らわれたものと思われる。そして、捕らえた村人から夢魔の呪物の情報を得たのだと推測した。

 何故なら、それ以来、村は盗賊団の襲撃を受けるようになったからだ。

 夢魔の呪物を好事家に売れば巨万の富を得られるのだ。そんなお宝を盗賊団が見逃すはずがない。

 オレは母を守るためにも盗賊団と戦いながら、聖女教会から聖女が派遣される日を待ち続けた。

 だが、遂にオレが夢魔の呪物の件を聖女教会に通報したことがバレてしまったのだ。

 オレは村にいられなくなり、結果的に盗賊団と村の両方と戦わざるを得ない状況に陥ってしまった。

 そして、オレはあの日、遂に待ち望んでいた聖女に出会えたのだ。

 オレにとって、その日現れた聖女アリスは救いの女神に見えた。

 だが、その聖女をオレはこの手で殺めてしまった。

 目の前にはオレが放った呪霊によって引き裂かれ肉塊と化した聖女アリスの亡骸が散乱していた。

 何故、オレはこんな惨たらしいことをしてしまったんだろうか?

 いくら後悔しても彼女が生き返ることは無い。救いを求めた相手をこの手にかけてしまった罪は未来永劫消えることは無いだろう。

 母が死んでしまう。そう思った瞬間、彼女に殺意を芽生えさせてしまった。自分が望み願ったことなのに、オレは狂ってしまったんだろうか?

 オレが深い罪悪感に苛まれていると、後ろから村長が話しかけてくる。


「よくやったな、シュラ。褒美に、今宵はお前に母親を独占させてやる。どんな夢でも御神体に願うがいい。そう、何でもな?」


 村長は下卑た笑みを浮かべながらオレにそう言った。

 その瞬間、たちまち激しい怒りがこみ上げて来る。


「ふざけるな! オレをお前達と一緒にするな!」


 オレは思わず叫んでいた。だが、言葉とは裏腹にオレの心は悲鳴を上げていた。オレに村の連中を非難する資格は無い。もしここで夢魔の呪物に身を委ね快楽に興じられればどれだけ楽になれるだろうかと、一瞬だけ悪魔が耳元で囁いてきた。

 だが、その時、オレの脳裏に一瞬だけアリスの笑顔が過った。そのおかげでオレは辛うじて外道に堕ちることはなかった。


「もう二度と母には触れさせない。これで終わりにする」


 オレは静かに告げた。右手に瘴気で剣を造り、剣先を村長に向けた。

 村長は顔を動揺に塗れさせながらオレに訊ねて来る。


「それはどういう意味だ、シュラ⁉ まさか、御神体のお恵みを独り占めするつもりか⁉」


「オレはアリスを殺してでも母さんを守りたかっただけだ! 友達を手にかけてしまった以上、オレはこれ以上生きるつもりはない! そして、悪夢を終わらせる為なら、オレは悪魔でも魔王にでもなってやる……!」


 もう終わらせよう。村を滅ぼした後で、オレは夢魔の呪物を破壊する。そして、その後で自分の命も終わらせるつもりだ。

 その時だった。背後から聞き覚えのある陽気な声が聞こえて来た。


「早まったらダメですよ? だって私、まだ死んでいないですから!」


 ケラケラと陽気な笑い声が教会内に響き渡る。

 声の方向に振り返ると、そこに悪夢の様な光景を垣間見る。

 宙にアリスの生首が浮いていた。それだけではない。流れ出た多量の血と共に肉塊と化した四肢も宙に浮いていたのだ。


「おおっと、失礼いたしました。今、元の姿に戻りますので少々お待ちを」


 そう言ってアリスは引き千切れ宙に浮いていた右手の指をパチンと鳴らして見せた。

 次の瞬間、宙に浮いた肉塊と血がアリスの生首に集まり、眩い光を放った。

 光が収まった後、アリスは床に佇んでいて、スカートの裾を持ち上げながら深々とお辞儀をしてくる。


「私、四肢を引き千切られ首を切り落とされた程度では死ねませんの。何せ呪物聖女ですので」


 そう言ってアリスは何事もなかったかのように微笑むのであった。

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