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呪物人間

 私のスカートの中から闇が溢れ出していた。それこそ濁流のようにドバドバと一瞬で周囲が洪水になったかと思う程、村の広場は闇で溢れ返った。

 正確には闇ではない。漆黒色の液状体で溢れ返っていたのだ。

 黒色の液状体は意志を持っているかのごとく盗賊団に襲い掛かった。


「何だ、これは⁉」


 最初に液状体に呑み込まれた男がそう叫ぶも、彼はすぐに沈黙する。何故なら、瞬く間に全身が骨になるまで溶かされたからだ。

 

「それは呪霊スライムです。貪欲な食欲を持っていて、生き物であれば何でも食べてしまいます。取り込まれたが最期、逃れることは不可能です」


 私は絶叫を上げ、逃げ惑う盗賊達にそう説明する。しかし、どうやらそれどころではないみたいで、誰も私の話を聞いてはいなかった。

 その間にも呪霊スライムは盗賊達に襲い掛かり、次々と体内に取り込み彼等を溶かし続けた。呪霊スライムの中に取り残された武器や防具は、そのまま体外に吐き出される。たちまち地面は彼等の装備で溢れ返った。

 村人達は聖女結界に守られている為に呪霊スライムに襲われる心配はない。ただ、一歩でも結界の外に出れば善良な彼等も餌食になるだろう。悪いが私はわざわざそのことを村人達に伝えるつもりはなかった。


「あの化け物を止めろ!」


 すると、ゴルドだけは逃げる素振りを見せず、大きな戦斧を両手で身構えながら私を睨みつけて来た。


「残念ですが、一度放たれた以上、食欲を満たすまであの子達は食事を止めません。止める方法は一つ、私を殺すことです」


「なら、お望み通りやってやらあ!」


 ゴルドはそう叫びながら私の頭目掛けて戦斧を振り下ろしてくる。

 ガキン! と金属が衝突し合う音が響き渡る。

 私は聖女の杖を頭上にかざし、ゴルドの戦斧を軽々と防いだ。これなら片手でも受けきれたな、と思わず鼻で笑ってしまう。

 

「残念。その程度の力では私を倒すことは出来ませんよ?」


「何なんだ、お前は何なんだよ⁉」


 ゴルドは額からダラダラと滝の様な汗を垂れ流していた。きっと彼の頭の中では、ただの小娘と私を侮ったことを後悔しているに違いない。仮にそうだとしても私は一度、彼等に助かる機会を与えた。それを拒絶したのは自業自得だ。私が彼等に与える慈悲などもう欠片も残されてはいなかった。

 そして、私は彼の最期の問いかけに対し、満面に笑みを浮かべながら答えた。


「ただの呪物聖女です」

 

 私はそう言って素早い動作でゴルドの懐に潜り込むと、戦斧を持っていた彼の右腕を聖女の杖で叩きつけた。ボキリと鈍い音が響いて来る。


「うぎゃあ⁉ お、オレの腕が⁉」


 見ると、ゴルドの丸太のように太い腕がポッキリと折れて骨が飛び出ていた。 


「この聖女の杖は1tの重さがあります。頭に直撃させればドラゴンだって倒せちゃいますよ?」


 ゴルドは戦斧を落とし、もげかけた腕から溢れ出る血をもう片方の手で必死に押さえていた。


「た、助けてくれ……!」


 ゴルドは両膝を地面につけると蒼白させ恐怖に引きつった顔でそう哀願してくる。

 だが、私が答えを返す前に、彼は背後から呪霊スライムに呑み込まれてしまった。

 悲鳴は聞こえなかった。

 見ると、既に他の呪霊スライムは活動を停止させていた。どうやら全ての獲物を狩りつくしたみたいだ。


「ご苦労様。お戻りなさい」


 私がそう言ってスカートをたくし上げると、呪霊スライム達は我先にと吸い込まれるように私のスカートの中に戻って来た。

 全ての呪霊スライムが戻って来るまで3秒とかからなかった。

 安全を確認した私は、パチンと指を鳴らして村人達にかかっていた聖女結界を解除した。

 しかし、誰も助かった喜びの声を上げる様子もなく、ただ気まずい空気が流れていた。

 そこに、先程の村長がやって来る。


「聖女様、村を御救いいただき、ありがとうございました!」


「礼には及びません。私の使命は呪物の回収です。盗賊団の始末は単なるついでですのでお気になさらず」


 私は、では、とだけ言い残して教会に向かう。


「お待ちくだされ! 私どもが聖女教会に回収をご依頼したのは教会にあるものではございません!」


「へ? 他にも呪物があるんですか? なら、喜んでそちらも回収させていただきます!」


 私は振り返ると、瞳を輝かせながら言う。心が高揚して気分が昂るのが分かった。顔が恍惚に塗れない様に気をつけないといけないわね。


「そうではなく! 教会にあるのは呪物ではないのです!」


 私はその時、顔から全ての感情を消失させた。今の私の顔はきっと木偶人形と何ら変わらない虚無の顔をしていたに違いない。

 この世で私が最も嫌うもの。それは退屈と偽りだった。村長から漂って来るのは明らかな偽りの匂いだった。

 村長は喜怒哀楽が欠如した私の顔を見て、ビクッと顔を蒼白させた。


「村長さんはどうしてそんな嘘をつくのですか? 隠そうとしても無駄ですよ。私の鼻は呪物の匂いをかぎ分けることが出来るのですからね」


 私がそう言うと、村長さんは酷く狼狽えた様子を見せた。何か誤魔化しの言葉を並び立てようとするも、目を泳がせるだけで何も言葉が出て来なかったみたいだ。

  

「邪魔をするなら、村長さんも敵と見なしちゃいますけれども、よろしいですか?」


 私は聖女の杖を身構えながら村長に訊ねた。これで引き下がってくれればいいのだけれども、村長はいったい何を隠しているのだろうか?

 呪物には違いないのでしょうけれども、嘘を吐いてまで隠そうとする理由が分からなかった。そもそも、呪物の回収依頼をしたのは村のはずなのにそれを隠そうとするのは意味不明である。


「それは誤解です! それに、私どもが回収依頼をした呪物はそれではございません! 人の姿をした呪物を聖女様になんとかしていただきたいのです!」


 人の姿をした呪物? それってもしかして……? 私の脳裏に優し気な笑みを浮かべた少年の姿が過る。


「つまり、この村には元々呪物が二つ存在していて、村長さんはその内の一つを隠匿しようとしていた。そういうことでよろしいですかね?」


「そ、それは、まあ、そうなのですが……! あ、いえ、違う。私が言いたいのは教会にあるのは危険なものではないので、回収や浄化の必要は全くなく、聖女様のお手を煩わせる必要はないと申しますか」


 村長は相当狼狽えているのか、支離滅裂なことを言い始めた。

 呪物の隠匿は重罪であることを村長が知らないはずもない。罪に問われれば、最悪、明日にでもこの村は地図上から消滅することだろう。


「今の言葉は聞かなかったことにしますので」


 今の言葉を要約すると、罪を見逃す代わりに私の楽しみの邪魔をするな、である。

 私は村長に背中を向けると、そのまま教会に向かって行った。

 その時、私は背中に衝撃を受けた。


「おや? これは……?」


 振り返ってみると、殺気だった村長が私に体当たりしていた。いや、違う。彼の手には剣が握られていた。恐らく、地面に落ちていた盗賊団のものだろう。その剣が私の背中に深々と突き刺さっていたのだ。

 村長は剣を抜くと、一歩だけ後退る。剣を引き抜かれた後、私の傷口から多量の血が噴き出す。

 私は傷口を片手で押さえながらうずくまった。痛みはまだ感じない。それほど痛覚が麻痺するくらいの重傷なのだろう。


「どうして言うことを聞いてくれなかったのですか⁉ 私らはあの呪い子の始末をお願いしたかっただけだというのに!」


 呪い子ですって? どうやらこの村には深い闇が存在しているみたいだ。詳しく聞きたいところではあるけれども、村長の殺意がおさまらないことにはまともな会話は不可能でしょう。


「くそ、よもや盗賊団にアレの存在がバレるなんて不運にも程がある! 奴らさえ来なけれ計画通り呪い子を始末出来ただろうに。それに、聖女教会を敵に回して、村はこれからどうなってしまうのだ……!」



 村長は憔悴しきった顔でうなだれていた。どうやら秘密を隠すために衝動的に私を刺してしまったらしい。なら、まだ交渉の余地があると思った。


「呪物隠匿だけでも重罪ですのに、その上聖女を殺めたとあれば村ごと焼き払うくらいはされちゃうと思いますよ?」


 村人は赤ん坊から老人に至るまで首吊りの上、村長の一族は火炙りが妥当だろうか?

 しかし、流石にそれは私の望むところではなかった。


「村長さん、思い直してください。今、剣を捨てればなかったことに出来ます。この程度の傷、私にとっては痛くもかゆくもありませんので」


 ヒールをかければこのくらいの傷、すぐに完治するだろう。私は呪物を回収したいのであって、錯乱した村長の罪を村に背負わせたいわけではない。私が護衛の聖騎士を連れないのはこういう状況に対処する為でもあった。私一人なら、何とでも誤魔化しようがあるからだ。


「嘘だ! お前はきっと私達をさっきのスライムに食わせるつもりに違いない! こうなったら、お前を殺して罪は盗賊団になすりつけるしかないな……」


 そう言うと、村長は村人達に合図を送る。

 たちまち、周囲から狂気めいた殺気が沸き立った。

 先程まで怯えていた村人達は地面に落ちていた盗賊団の武器を手にすると、私に鋭い眼光を放ってくる。何が彼等をここまで駆り立てているのだろうか? その勇気の一部でも盗賊団に向けていれば村を占拠されることもなかっただろうに。

 どうやら戦いは避けられないみたいね。まさか村人達を皆殺しにしないといけないだなんて思ってもみなかったわ。

 それにしても大きな疑問は残ったままだ。私は思い切って彼等に訊ねてみることにした。


「一つだけ教えてください。教会の中に何があるのですか?」


 聖女教会を敵に回してでも隠匿しなければならないもの。私は死の恐怖なんかよりも好奇心の方が打ち勝っていた。是非とも中にあるものを見てみたい。その結果、私の手で村人達をタルタロス送りにしようとも後悔は感じないでしょう。


「村の心の拠り所だ!」


 そういう抽象的な答えを望んでいたわけではないのですが。

 仕方ない。私は覚悟を決め聖女の杖を片手で持ち上げた。傷口から血が溢れ地面が赤く染まっていた。

 その時だった。私の目の前に人影が躍り出て来た。

 私は、その広くたくましい背中に見覚えがあった。同時に彼の優しい笑顔が脳裏に過った。


「皆、止すんだ! もう、こんなことは終わりにしよう!」


 そこに現れたのは悲痛な表情を浮かべたシュラだった。


「シュラ! 呪い子が村に何をしに来た!」


 村長は顔を怒気に引きつらせながら忌々し気に叫んだ。

 見ると、どの村人の顔も憎悪に塗れていた。悪意の矛先は私にではなく、何故かシュラに向けられていた。


「ちょうどいい。シュラ、その女を殺せ! ならば、久しぶりに母親に会わせてやるぞ⁉」


 村長の言葉に、シュラの背中が一瞬だけ揺らぐのが見えた。

 母親と会わせてやるとは、どういう意味なのでしょうか? 多分、言葉通りの意味ではないわよね?


「オレの母さんはもう死んだ! だから、もう会えるわけがないんだ。そんなこと、お前達だって分かっているだろう⁉」


 シュラの悲痛な叫びが木霊する。この声色には深い悲しみが感じられた。


「ならば、お前はアレを失ってもいいというのか⁉」


「ああ、だからオレは聖女教会にアレの回収を依頼したんだ。お前達は逆に、オレの討伐を依頼したようだがな」


「シュラ、それ、どういうことですか?」


 私は確かに聖女教会からこの村に依頼された呪物の回収を命じられた。つまり、村長は教会に隠匿した呪物を守るためにもう一つの呪物の回収を依頼したということ? 同じ村からの依頼だったから、依頼内容が正確に伝わらなかった可能性が高かった。


「アリス、改めて聖女教会に要請する。この村にある呪物を回収してくれ。それが不可能なら浄化をお願いする」


「その呪物とはまさか……?」


 その時、シュラの全身から瘴気が噴き出すのが見えた。


「オレも呪物だ。どうかオレと母さんをこの地獄から解放してくれ……!」 

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