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6.崩壊への序曲

 パーシーが娼館に通い始めてから、気がつけば一年が経過していた。


 そして彼は今日も呼ばれていたパーティに、いつも通り出席をしようとしていた。

 だが、他の客は通してもらえているのに、彼だけ邸宅の入り口でなぜか呼び止められた。

「大変失礼ですが、ご招待状はお持ちでしょうか?」


 招待状? そんなものは貰っていない。むしろ、今までこの邸宅には何も出さなくとも入る事ができた。今更招待状なんて……と彼が言ったところ

「それでは、お通しできませんのでお引き取りください」

と、彼は中に入れてもらう事ができなかった。 

「おいおい、それは無いだろう。ほら、あそこにいるここの家の主人に聞いてくれよ」

 パーシーはそう言ってみたものの、そこの家の主人はあの人物は誰だ? と言うような顔をしており、結局パーシーを通す事はなかった。

 

 人を呼びつけておいて、呼んでいないとは何事なんだ。全く失礼な……とパーシーは腹を立てた。

 だが、今日は掛け持ちで別のパーティに呼ばれていたため、気分を取り直してそちらに行こうと彼は向かった。

 しかし、奇妙なことに次のパーティでも、パーシーなんて知らない、呼んでいないと同じような対応をされた。


「間違いなのかわからないが、後で謝ったり、呼ばれたとしても二度と行くものか!」

 パーシーは腹を立てながら、時間が空いたためエリザベスのいる娼館へと向かった。


 娼館についても、今日の空気は何かおかしかった。

 普段であれば、パーシーが来たと他の客が騒ぎ始めると言うのに、今日は彼がわざわざ一目のつくホールに現れても、誰も彼が到着した事など気にしていないようだった。

 

 いつもであれば優越感に浸れたのに、それもない事にパーシーは余計に不愉快さを感じていた。

 わざと無視しているのか? ……いや、その線はないだろう、今日はもしかしたらたまたま他の客は初めて来た人間ばかりなのかもしれない。

 それなら自分の事を知らなくて当然のはずだ。そんな事よりも自分はエリザベスに会う方が大事だ、と彼は自分自身を納得させ、気を取り直して彼女の待つ部屋へと向かった。


「あらあら。とても奇妙な事があったのね」

 彼女は気分が落ち着くわよ、とカモミールティーを淹れたカップを長椅子の隣に座ったパーシーに差し出した。

 パーシーはそれに一口つけたあと、エリザベスはいつもと変わりないことに安堵した。


「もしかしたらその方々、あなたに嫉妬してしまったのかもしれないわね。だからあなたに意地悪をしたんじゃないかしら。正直に言うと、この一年、私がベッドを共にしているのはあなただけなの。でも、皆さん競うように高価な贈り物をくれるから……」

 エリザベスはパーシー以外は実質客をとっていない事を伝えた。


「なるほど。そうだったのか!」

 彼は自分しか彼女を独占してない事実を知り、喜びと驚きの声をあげた。それなら他の男達が彼に意地悪したり、無視するのも頷ける。

 だが、一方で別の疑問も彼の中で浮かんだ。

「でも、それなら君の立場だって危ういんじゃないか? 確かに、他の男と寝られるのはいい気分ではないが……」


 しかし、パーシーの言う立場が危ういという言葉に、彼女は首を横に振った。

「高価な贈り物をくれる人には申し訳ないけれど、実は頂いたものは全て相続分を差し引いた残りの借金返済に充てているの。そして、そのおかげでもうすぐ完済できそうなの」

 つまり、エリザベスによると客たちの熱心な貢物のおかげで、思っていたよりも早く年季が明けそうとのことだった。


「そうか。それじゃあ、ここをもう少しで出れるかもしれないってことか!……よし。それなら、一緒に住まないか?」

 現在、パーシーは一人暮らしだ。追い出したメアリーともそれっきりだし、家の所有権は彼にあるので、一緒に住む事は問題ないと彼女に伝えた。


「パーシー……」

 エリザベスは目に涙を浮かべて、信じられないと言った顔をしている。

「私としても、あなたとこのままずっと一緒にいたいと思っていたの」

 彼らは自然に見つめ合うと口付けを交わし、長椅子に倒れ込んだ。


◆◆◆


 夜が明け、ベッドで眠るエリザベスにそっと別れのキスをした後、パーシーはいつものように娼館を後にした。


 彼は自宅に戻り、この家にとうとうエリザベスが来てくれるのか、彼女が来たら彼女好みにこの家を模様替えをしようなど、昼を過ぎてもリビングの長椅子で寝転びながら考えていると、女中が来客に応じていた。

 おや? 今日は来客の予定などあったか? と彼が首を傾げていると、リビングに入ってきたのは……なんとメアリーだった。


「なんで君が勝手に家に入ってきてるんだ!」

 パーシーは彼女に向かって大声で怒鳴りつけた。

 一方、突然怒鳴りつけられたメアリーはびっくりしたようだが、すぐに彼に向かって反論した。

「何って、ここは私の家だからでしょう」


「君の家? そんなのとっくに俺に権利を移しただろう。さっさと出ていけ!」

「何を訳のわからない事を言ってるの? 冗談ならつまらないからやめて」

 メアリーは自分が怒っている事に取り合わない様子だ。それがますますパーシーを怒らせた。


 なんと図々しい。不倫して追い出されたくせに。

 パーシーは顔を真っ赤にすると、うるさいこのXXXXと、とても紳士らしからぬ言葉で彼女を罵った。

「酷い。なんてこと言うのよ! 冗談だとしても、言って良いことと悪い事があるでしょう!」

「黙れ! いいからさっさと出ていけ!」 

 しかし、そんな彼らの様子を小さいなりに案じたベンジーが、父様、母様、喧嘩しないでと止めに入った。

 すると、パーシーは黙れ、俺の子供でもないくせに! と言って小さなベンジーの頬を思い切り叩いた。


 それを見たメアリーは、急いでベンジーをパーシーから引き離すと、みんな今すぐ来て! と腹の底から大きく叫び使用人達全員を呼びつけた。

「自分の子供を引っ叩くなんて信じられない……しかも自分の子供じゃないですって?! 一体何考えてるの?」

「うるさい、不倫してた癖に! 君が産んだ子供は、よその男との間にできた子供だろ?!」

 そう言って、怒りが止まらなくなってしまったパーシーは、メアリーに近づくと両手で彼女の首を締め上げた。


 だが、すぐにその場に駆けつけた使用人達が彼らの間に割って入り、数人がかりでどうかおやめください! とパーシーの事を押さえつけた。

「はぁ……はぁ……まさか子供に手をあげるし、私の事も締め殺そうなんて信じられない。警備隊を呼んで! みんなでパーシーの事を縛って!!」

 メアリーは使用人達にそう命令すると、泣いているベンジーと、その下の子供を大丈夫よ。ごめんなさいねと言って抱きしめた。


 使用人たちに押さえられ、パーシーは警備隊に連行された。

 そして、牢に入れられてから一週間後、メアリーによって派遣されてきた弁護士が彼の元を訪れた。


 パーシーは面会所に案内されると、弁護士からこう伝えられた。

「この件についてですが、奥様はもう一緒に暮らす事は出来ないと。あの家から出ていって欲しいと言われています。素直に出ていってくれるのであれば訴えることはしないと」

 あの家から出ていって欲しい? 何を言ってるんだ? そう思いながら、パーシーは弁護士を思い切り睨みつけた。

「いや、あの家は俺のものだ。以前、メアリーが不倫したから、その詫びとして俺に名義を変えたはずだ」


 すると、弁護士はふぅと言って、パーシーにカバンから出した書類を見せた。

「奥様からそう主張された場合に見せるように、と言われました。この通り、名義変更など一切行っておりません」

 パーシーはその書類を食い入るように見た。

 変更したはずなのに、なぜか名義が自分のものになっていない。確かにメアリーのままだ。


「そんな……メアリーは名義変更をしたと嘘をつきやがったのか!」

 パーシーは怒りをこめて、机に拳を叩きつけた。すると弁護士は、では逆にお聞きしますがと彼に質問を投げた。

「では、その名義変更を行ったのは何年のいつ頃になるのでしょうか?」

 その問いに、パーシーは去年のいついつと答えると、弁護士は途端に変な顔をした。


「いいですか。落ち着いて聞いてください。あなたは今年が何年だと思っているのですか?」

 そんなの今年は……とパーシーが答えると、弁護士はコホンと軽く咳払いして、彼になぜか今日の日付を示した。

「いいですか。あなたが仰ってる変更した日付というのは、まさに"今日"の話をしているのです」


 その言葉にパーシーは、思わず、はぁ? と声を出した。

「あなたが仰る話しを整理しますと、名義変更をおこなったのは奥様の不倫が原因で、それが判明したのは昨年第三子出産で奥様が実家からお帰りになられたときと言うことですが……奥様が先週自宅にいらしたのは、まさにその第三子の出産から戻られたからなのです」


 弁護士からのその言葉に、パーシーは混乱して言葉を詰まらせた。

 じゃあ今までの事は一体なんだったんだ?

 エリザベスは? あの娼館は? そして、エリザベスを救うために放棄した相続権については?

 確かに自分はエリザベスと過ごしていたと言うのに。


 パーシーは慌てて弁護士に、それじゃあ、俺の相続権はどうなってるんだ? と問うた。

「あなたの相続権? そんなものは知りませんよ。調べたいならここを出るしかありません。出たいなら今後一切、奥様達には関わらない事を宣言するこの書類にサインをください」

 そう言って、弁護士は彼の事を冷たくあしらうと書類を渡した。

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