5.女王の誕生
パーシーが身支度を終えて湯殿から出てくると、彼の事を待っていた銀髪の男がエリザベスのいる豪奢な部屋へと案内した。
彼が室内に入ってくるなり、エリザベスは腰掛けていたベッドからすぐさま立ち上がって
「パーシー……!」
と名前を呼び彼の元に駆け寄った。
「オーナーから聞いたわ。私のために相続権を放棄してくれたんでしょう? なんてお礼を言っていいか……祭りの日の夜にびっくりしたとは言え、あなたに酷い事をしてしまったというのに」
彼女はごめんなさい。ずっと謝りたかったと目に涙を浮かべた。
パーシーはそんな彼女に微笑むと、気にするなと言って彼女の事を優しく抱き寄せた。
抱きしめられたエリザベスは、あなたの香りが懐かしいと言った。
「ここに来ることは覚悟していたのだけど、実際に男の人達をみたらとても怖くなってしまったの。でも、あなたのおかげで、これからは自分で相手を選べる立場になれるのね。本当にあなたには感謝しきれないわ」
今度は彼女がパーシーの事を強く抱きしめて、また会えて良かったと再会を喜んだ。
だが、彼女は自分が同意していない相手から買われるという事はなくなったが、娼館で働く事には変わりない。
そのため、彼女は部屋の出入り口に立っていた銀髪の男に向かって
「ところでオーナー。その……初めて相手をするお客様も私が指名することが出来るの?」
と少し恥ずかしそうにそう尋ねた。
銀髪の男は片眉を上げて、少し不本意そうな顔をした。
だが、彼はオーナーである事に努めて
「ええ、それはもちろんです。あなたは女王となられたのですから、仰せのままに」
と首を垂れてそう言った。
自分の望む回答を得られたエリザベスは微笑んでパーシーを見つめた。だが、彼女はすぐに目を伏せた。
「ああ、でもやっぱりいけないわね。あなたにはメアリーがいるから……」
しかし、彼女が何を言いたいのか察したパーシーは顔を明るくすると、あぁそれについては大丈夫だ! と嬉しそうに言った。
「最近、メアリーとは本当に終わったんだ。実はあの女、裏で浮気をしててさ。子供達だって俺との子供じゃないみたいだし。だから問題ない。それに、俺たちは元々婚約してたんだ。それが元に戻るってだけだろう?」
パーシーは笑顔のまま、彼女の頬を手で撫でた。
「それは本当なの?! あぁ……なんて事」
再び目に涙を浮かべ、嬉しそうにエリザベスは彼の事を見つめた。
もう何も障害がないのだ、と彼らは二人だけの世界入っていってしまっている。
「どうやら私はお邪魔のようだな。ではごゆっくり」
銀髪の男はそう言うと、部屋のドアを閉めた。
ドアの音がパタンと閉まる音が聞こえた途端、パーシーはエリザベスを寄せると、我慢できないと言った様子で何も言わずに口付けをした。
「パーシー……」
唇が離れた時、エリザベスが彼の名を呼ぶと、彼はそのまま彼女をベッドに押し倒して、首に口付けをしようとした。
しかし、エリザベスはストップ! と言って、パーシーの口に手を当てて彼の行為を止めさせた。
「ねえ、パーシー。ここでは私の方が上なのよ? あなたにキスをしていいと許してはいないわ。こんな無礼な事は許されると思っていて?」
と、彼女は彼の事を軽く睨むような目つきをした。
するとパーシーは
「あぁ、ではお許しください。私の女王陛下。私はずっとこの時に恋焦がれていたのです。美しいあなたを目の前にして、自制しろというのは男の私にとってはあまりにも酷だと思いませんか」
と彼女の白くて細い手を取ると、甲にキスをして赦しをこうた。
「うふふ……冗談よ。私もずっとあなたが戻ってきてくれる夢を見ていたの。パーシー、愛してるわ」
キスされた手をエリザベスはパーシーの頬に添えた。
「それはもちろん俺も同じだ。エリザベス」
パーシーは再び彼女に口付けをすると、彼女のドレスの紐を解いた。
◆◆◆
数日後。
新しい女王が誕生したと、娼館の上顧客の間ではその話題で持ちきりだった。
なんでも、彼女が最初に選んだ相手は新大陸で事業を大成功におさめた実業家だとか、いやいや外国の王家につかながる血筋の貴族だの様々の噂が飛び交っていた。
そして、自分も彼女に認めて貰わなければと、上顧客達は我先にと彼女宛に様々な貢ぎ物を持ってきていた。
そんな彼らを尻目に、パーシーは今日もエリザベスの元へと向かおうとしていた。
だが、浮き足立っている途中で銀髪の男に呼び止められた。
「そんな格好でまた彼女に会いに行こうとしているのか?」
男はパーシーの頭からつま先まで目線を投げると、酷い格好だというような表情をした。
「そんな格好って……今日はちゃんと髭も剃ってきただろう? また湯に入れって言うのか?」
そうじゃない、と銀髪の男は首を横に振った。
「今、娼館では彼女の事が話題になっている。そして、もし彼女の選んだ相手がただの一般客だと知られたらどうなると思う? 他の客はライバル意識を持っているんだ。その格好では示しがつかない。ついて来い」
銀髪の男は、また彼を別の部屋へと連れて行くと、今度はジャケットから靴まで揃えられた衣装部屋の中に彼を入らせた。
パーシーはそれを手にとってみると、自分の着ている服よりもずっと上質なものであるということがすぐにわかった。
「これからは娼館に来たら、すぐにこの部屋の服に着替えろ。お前も上顧客の一部だと思わせるようにするんだ」
そして、男はこの部屋のだと言ってパーシーに鍵を渡した。
「こんな立派な服まで用意してくれるのか?! 悪いな」
いちいち着替えるのは面倒だが、上等な服を着られることにおいては彼は抵抗がないようだ。
「まあ、ツケにしておくけどな。必要であれば何着か自宅へ持っていってもいい。必要となる日がくるだろうから」
必要となる日? パーシーはその時は意味がわからなかったが、そう言われてから一週間後にその意味を初めて彼は理解した。
そして一週間後。
彼がエリザベスの部屋に向かおうとしていると、突然、対向側から歩いてきた少し太めの男性から声をかけられた。
「失礼。あなた、もしかして新しく我らの女神となられた方の客人ですかな?」
男性の奇妙な言い回しに、一瞬パーシーは良くわからないと言う顔をしたが、もしかするとエリザベスの事を指しているのかと彼は受け取った。
「ええ。そうですが。それが何か?」
パーシーは自身を上流の人間に見せようと、背筋を伸ばしながらそう答えた。
「ああ、やはり。実は……」
と言って、男は自分の黒いマスクを外して一瞬だけ素顔を見せたあと、今度うちの屋敷で行うパーティに参加しないかと彼の事を誘った。
「皆、あなたに会いたがっているのです。もちろん、本当のお名前はおっしゃらなくて結構。来てくれるだけで光栄ですから」
男性はジャケットの胸ポケットを探ると、パーシーに住所を記載したカードを手渡した。
これが銀髪の男が言っていたステータスというやつかと、パーシーは理解した。
ところが誘ってきたのはその男性だけではなかった。
それからと言うもの、彼は娼館に行くたびに今度うちに来てくれないかと、同じように上顧客達から声が掛かった。
おかげで彼のスケジュールは、それらのパーティに埋め尽くされるようになっていた。
そして、実際に彼が呼ばれた邸宅に行けば、大歓迎され、話す事は常に大ウケ、皆があなたは素晴らしい、楽しい人だと褒め称えた。
さらに、パーティの最中に興じていた賭博で金が無くなったとしても、なぜか喜んで皆が彼に金を貸してくれたので遊ぶのに困る事も全く無かったのである。
「全く、信じられないような毎日だよ! 上流の人間も上品ぶってるのかと思いきや、やる事は大して変わらない。それに俺が話したホラ話にも真剣に信じようとするんだ。しかも最近はみんなが俺のことを真似たがる。本当に笑えるよ」
ベッドの中でパーシーの話をエリザベスは、嬉しそうに聞いていた。
「ふふふ。楽しそうで何よりだわ」
「ああ。君のおかげで私生活も順調だ」
そう言ってパーシーはエリザベスに口付けをした。
「だけど、その忙しさにかまけて私の所に来てくれなくなったら嫌よ」
エリザベスはわざと頬を膨らませた。
「おいおい、そんな事はしないよ。それにしても……少し前まではこんな風になるとは思いもしなかった。本当、素晴らしくて楽しい毎日だよ」
パーシーはエリザベスの上に覆い被さると、君は僕にとって本当に幸運の女神だ。君が呼ぶなら最優先で駆けつけると言って、彼女の頬を手で撫でた。
◆◆◆
「ほう……それは良かった!」
エリザベスが鏡台で髪の毛の手入れをしていると、鏡越しの椅子に座っている白髪の男がラファエルから送られた手紙を読みながら、笑顔で大きく独り言を言った。
「順調ですの?」
彼女は椅子から立ち上がり、彼の元へ近づいた。
「ああ。ようやくあの子の努力が実を結んだらしい。そう言えばお前が調合した香も効果抜群だった。伝えるのを忘れていたが礼を言う」
エリザベスは、あの香は嗅いだ人間に肉体の快楽を与えたら、例え与えてくれた相手が本来の性対象と異なったとしても、それを捻じ曲げるほどの効果を感じられますものと妖しく笑った。
「だが、本物はこれから本国へ行くから良いとして……残された家族に敵意が向けられたら元も子もない。権利の移行も無事済んだし、いよいよ"店じまい"としよう」
白髪の男がそう言うと、エリザベスは
「とうとうこの時が来てしまいましたのね。まあ寂しい」
と言って、座っている彼の肩に両手を回すとこう囁いた。
「せっかくですもの。大きなベッドもありますし、この楽園を"壊す"前に、牢屋の中の人形を適当に連れてきて、わたくしと一緒に楽しんでみませんこと?」
すると、白髪の男は片眉を上げて彼女の手を軽く叩くと、この手を外してくれと頼んだ。
「それは流石にまずいだろう。ミカエルにも怒られるし、今のお前の姿はシェリルの花嫁そのものなんだから。あの子は私にとっては本当の子供や孫のような存在だ。お前とは何もなくても、あの子の花嫁の裸を見るのは背徳感がある」
彼が少し真剣に怒っているのは、彼女にとっては意外に思えた。
「まあ……ザラキエル様自身が背徳感を覚える事があるなんて。うふふふ」
まるで、皆が知らない彼の秘密を知ってしまったかとでも言うように彼女は笑っている。
「だが待てよ。いい事を思いついた。どうしても寝たいというなら、私の代わりのあの人形と寝てみたらどうだ? お前を満足させてくれるかどうかは分からないが」
「ふふっ、あの人形は内も外もザラキエル様そっくりに作ってありますもの。ですから添い寝にはちょうど良いでしょうね……でも、良い考えだと思いますわ。他の男の人形達を持ってきて、あの人形に見つめられながら褥を楽しむ事にします」
と彼女は言ってのけた。
なんとまあ強欲な魔女だとザラキエルは少し呆れつつ
「まあ、冗談はさておき、次の段階に入るとしよう」
と椅子から立ち上がった。
「ええ、承知いたしましたわ」
妖しく笑っているエリザベスに、それでは失礼すると言って、彼は部屋を出て行った。




