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3.カッコウの卵

 妻が帰ってきてから数日後の事。

 パーシーは所用で一日中留守にするつもりだったが、急遽予定が変更になったため自宅へ戻る事にした。


 ……メアリーさえいなければ、娼館に行けたのに。はあ……


 忌々しそうにそう思いながら、彼は自宅の玄関のドアをノックすると、対応した女中が何やら酷く慌てた様子を見せた。


「だ、旦那様、どうされたのですか?! 急に戻られてくるなんて。何かお忘れ物でしたら、今すぐ私がとって参ります!」

「いや、忘れ物じゃない。何をそんな慌ててるんだ? 予定が中止になったから帰ってきただけだ」

「ちょっと、旦那様! 今はいけません!」

 女中は彼を玄関口で押し留めて、なぜか自分を家にあげようとしない。

「いけないも何もないだろう! ここは俺の家なんだ」

 彼は彼女を振り切ると、階段を上がってすぐさま寝室の方へと向かいドアを開けた。


 するとーーー


「あん……いや……だめよ」

 そう言って艶かしい息遣いをベッドで出している、妻のメアリーと上に被さった男の姿が彼の目に飛び込んできた。

 ベッドの下を見れば、彼女達の衣服が脱ぎ散らかされている。

 彼女達は彼がいる事に気づかず、行為を続けようとしているようだ。


 しかし、男の首に腕を回していたメアリーが、ふと視線をドアの方に向けると、この時間には帰って来ないはずの夫が呆然とした様子で佇んでいることに気づいた。

「きゃあっ!!」

 彼女は思い切り叫ぶと、上になっていた男もハッと後を振り返りかった。

 そして、すぐさま"非常事態"だと言う事に気づいた男は、裸のままベッドから飛びだして床に散らばった衣服を手に取ると、パーシーをつき飛ばして部屋の外へと逃げて行った。


「これは……一体どう言う事だ?」

 パーシーの頭は、目の前の事態に理解が追いついていなかった。意味がわからない、と。

「こっこれは、その……」

 だが、メアリーが何か言おうとした瞬間、混乱していたパーシーの中では急に怒りの感情へと切り替わり、気がつけば彼は彼女の事を平手打ちしていた。


「俺には散々浮気するなとか言ってたくせに、このざまは一体なんなんだ! あの男は!?」

 そう怒鳴りつけると、メアリーは必死にごめんなさい、ごめんなさいと謝るだけだった。

 しかし、それが余計に彼の怒りを増長させたらしく、彼は更にメアリーの頬を今度は拳で数発殴ると、ベッドから降りて床に座れと指示した。


 メアリーは鼻血を出しながら、跪くように床に座った。

「ごめんなさい、ごめんなさい。あの人とは……つい出来心だったの。私の事を可愛いって褒めてくれたから」

 どうか許して、この事は大事にしないで、自分たちの間だけに止めてと彼女は懇願をしたが、パーシーはそんな事を言われても到底受け入れる事は不可能だった。


「こんな事されておいて内密にだ? ふざけんな! 君の両親には話させてもらう!」

 そう言うと、メアリーは金切り声を出してそれだけは辞めて! と叫んだ。

「お願い。お願いだから両親には言わないで! 何でもしますから……どうか、どうか」

 彼女は涙とよだれでグショグショになりながらそう訴えた。


 パーシーは彼女の叫び声に余計に怒りを感じていだが、これ以上怒るとメアリーを殺しかねないと理性が働いたのか、一旦深呼吸してなんとか自分を冷静にさせようと努めた。

「何でも? 何でもって言うなら、この家の所有権と君が持ってる不動産や財産も全て俺に譲るというのか?!」

 その言葉に、メアリーはいや、それは……と狼狽えたが、間髪入れずにパーシーは彼女の頬をまた殴った。


「何でもって言っただろう! 出来ないなら交渉決裂だ」

 そう言ってパーシーが外に出て行こうとしたので、メアリーはまたごめんなさい、ごめんなさいと大声をあげ、彼の手首を両手で掴んだ。

「お願い、どうかそれだけは……あなたに私の全財産を譲るから、どうか辞めて……」

 そして再度、メアリーは大声でごめんなさいと叫んだ。


 そんな惨めな姿の彼女に対して、パーシーは鼻で笑った。

「じゃあ、今すぐ名義を変更するようにしろ! そして、それが終わったらこの家から出ていけ!」

「そんな、い、今すぐって……」

「今すぐだ! また殴られたいのか?!」

 拳を振り上げて殴ろうとするパーシーに、怯えたメアリーはわ、わかりましたと言って、服を抱えて外に出て行った。


「はぁ……」

 パーシーはそうため息を吐くと、思い切り壁に向かってガンッと拳をぶつけた。


 まさか自分の妻が浮気しているとは。

 男がみな振り返るような美人ならともかく、並の女よりも下程度の容姿だというのに。

 誰かが相手にするとは思わなかった。

 そう言えば、間男の顔はよく見なかったがあの髪色と体型……

 彼女たちはいつからそんな事になっていたんだ?

 まさか結婚前からでは?


 パーシーはハッとして、メアリーの相手と自分の子供の容姿がそっくりだと言う事にも気がついた。

 急に胃の中が熱くなってくる。

「うっぷ……」

 途端に彼は胃液が込み上げてくるのを感じると、その場に吐瀉物を撒き散らした。


◆◆◆


「珍しい。ここで、しかも一人で飲んでいるなんて」

 銀髪の男は、ホールのテーブルで酒を飲んでいた無精髭のパーシーに声をかけた。

「しかもマスクもせず、この世の終わりだという顔をしている」

 面白いものを見たとでも言うように、銀髪の男は微笑んだ。


「あぁ。まあ、ここ数日色々あったんだ」

 ため息をつきながら、パーシーはそう答えた。


 メアリーの不倫が露呈した後、彼女はパーシーの言いつけ通り、大急ぎで財産の名義変更を行った。

 そして実家へと帰らせた。もちろん、疑惑の子供たちも連れさせて。

「はぁ」

 またしてもパーシーは大きくため息を吐いた。


「そういえば、エリザベスの相手は決まったのか?」

 彼は彼女の事を思い出して、銀髪の男に尋ねた。

「あぁ。その件はとても難航している。予想以上に希望者が多くて。まあ、うちとしては一番高値をつけてくれる人間がいればいいのだが……やはり元婚約者の事が気になるか?」

 男がそう聞くと、まあな、とパーシーは答えて口に酒を含んだ。


 そもそも、彼女と婚約破棄に至ったのも、メアリーが自分を誘惑した事が原因だった。

 そしてメアリーは妊娠。だが、その妊娠させたのが自分ではなかったのなら……

 対して、美しい見た目もそうだが、エリザベスは自分が何度も誘っても純潔を守ろうとしていた。

 当時はそれにイライラとしていたが、不道徳なメアリーのおかげで今ではいじらしく感じられる。

 そう思うと、パーシーの中にはエリザベスに会いたいという気持ちが沸々と湧いて出ていた。


「なあ。ダメ元で聞くけどさ。彼女に会う事はできないか?」

 パーシーは自然とその言葉が口から出ていた。

「言っただろう。彼女は特別なんだ。味見はもちろんだが、一般客であるお前になんかに簡単に会わすことはできない」

 銀髪の男は目つきを鋭くして、彼にそう言った。

「はあ……まあ、そうだよな」

 パーシーは不貞腐れたようにして、また口に酒を含んだ。


 だが、そんな彼らの元に娼館の従業員が突然駆け寄ってきて、銀髪の男に何やら耳打ちをした。

「なんだと?!」

 普段は冷静さを努めている銀髪の男が珍しく焦るような顔をしている。

「どうしたんだよ? 何かあったのか?」

 パーシーは面白いことでもあるのか? とでも言うように彼に向かって質問を投げた。


 すると、銀髪の男は彼に向かって、一瞬だけ憎しみを込めたような目線を送った。だが、目を閉じて首を振った後、パーシーに向かってこう言った。

「良かったな。どうやら向こうの方がお前に会いたくて仕方ないらしい。一緒に来い」

 銀髪の男は関係者以外立ち入り禁止の扉の所までパーシーを連れて行くと、中に入るようにと指示した。

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