2.ある女との再会
それからパーシーは、毎日と言って良いほど娼館へと通った。
白鳩の館と名付けられた楽園は、銀髪の男が言った通り金さえ払ってルールを守れば、口に出すのも憚るような行為でも何でもやらせてくれた。
しかも、なぜかパーシーは銀髪の男に気に入られたらしく、他の男たちよりも安価にしてくれているという特別待遇で、優越感に浸る事もできた。
さらに今は妻が妊娠中で実家に帰っている事も彼にとっては幸運だった。そんな訳で、彼にとっては通わないと言う理由が一切なかったのである。
そんなある日の事。
いつものように、パーシーは女を選ぼうとしていると、銀髪の男が扉の前でフードを被った女と共に立っているのを見かけたので、彼は機嫌良さそうに男に声を掛けた。
「おう、元気にしてる? 俺はお陰様でめちゃくちゃ楽しませてもらってるけど。ところで、その女は?」
パーシーは女の顔を覗き込もうとしたが、女は顔を見られないようにサッと彼から身を隠した。
銀髪の男は彼女のことを見つめながら
「この女は特別なんだ。一部の客の為に用意された……だからお前には味見させることは不可だ」
と言った。
味見したいなんて一言も言っていないのに、パーシーは勝手にそう思われた事で不快感を覚えた。
しかし、隠されれば気になるのが人間と言うもの。それじゃあ、別に相手はしてもらえなくてもいいから、顔だけ見せてくれとパーシーは頼んだ。
だが、女は首を横に振り、怯えたようにして銀髪の男の背後に隠れた。
それがどうも彼の嗜虐心に火を付けたらしく、そんな勿体ぶるなよ! と言って、銀髪の男の静止を振り切り、彼女の手を掴むと無理やりフードを下げさせた。
そしてそのフードから顔を出したのはーーー
「エリ……ザベス……」
思ってもいなかった人物の登場に、パーシーは言葉を失った。
なぜ自分の元婚約者がこんな所にいるのだ? しかも特別とは……パーシーは銀髪の男に、彼女がここにいる理由を尋ねた。
「……知り合いだったのか。彼女は借金のカタにここに売られて来たんだ。本当は彼女の一番下の妹を希望したが、彼女が率先してこちらに来たいと。年は少し上だが、なかなかの上玉だからな」
エリザベスはパーシーと視線を合わせないように目を伏せている。
「借金? 借金てどう言う事だよ?」
パーシーがそう尋ねると、銀髪の男は億劫そうにため息をついて彼の問いに答えた。
「彼女の親戚が経営している工場が火災で焼け落ちたんだ。そしてその工場の連帯保証人に彼女の父親がなっていた関係で、工場の借金が返せずここにきたと言うわけだ」
しかも地主階級の娘で処女……ここの客にはそう言った上流から落ちぶれた乙女を好む男もいるが、なかなか流通がないから稀少なんだと彼は付け加えた。
「やっぱりパーシーだったのね……こんなところでまさか会うとは思わなかったわ……あなただけにはこんな姿を見られたくなかった」
そう言って、エリザベスは目に涙を浮かべて恥ずかしそうな表情を浮かべた。
しかし、パーシーは以前祭りの夜にあった事を思い出すと、彼女に同情を寄せる気にはならなかった。
……まさか、そんな事になってるなんてなぁ。これも前に俺のことを邪険にした報いか……
パーシーはふんと鼻で笑った。
「で、この後、彼女はどうなるんだ?」
「これから客たちに売り込みに行くところだ。そこで買い手がつけば……運が良ければ愛人として、運が悪ければ最初だけ良いようにされてあとは他の女と同じ扱いだろうな。彼らの飽きの早さは私ですら呆れるくらいだ」
銀髪の男の言葉に、エリザベスはますます目に涙を浮かべた。
「まぁあまり、商品に同情するのも良くないのだが、せめて彼女に相続権なり資産なりが多少有れば……教養もあるし、このルックスだし年季が明けるまで女王として客を選ぶ立場になれたというのに」
女王? パーシーは首を傾げた。
「何だそれは?」
「ああ、お喋りが過ぎた……一般客のお前には関係のない話なのだが。上顧客は闘争本能が強く、自分が選ぶよりも選ばれる方に悦びを持っているらしい。女王はその名の通り上顧客よりも立場は上で、どんなに上顧客が金を持っていようと気に入らなければ相手をしない。だから、相手にされた男はそれがステータスとなるんだ」
自分の知らなかった世界に、パーシーはへぇと驚嘆の声をあげた。
「まあ、それはさておき。これから品定めだ。自分には大金を出すだけの値打ちがあるという事を、彼女にはアピールしてもらわないと……」
「品定めねぇ。アピールも何もエリザベスのことをみたら、すけべ野郎共がこぞって手をあげてすぐに決まるだろう」
その言葉に、銀髪の男はわかっていないと言いた気に首を横に振りため息をついた。
「この品定め自体も彼らにとっては一種の娯楽なんだ。誰が本気でいくら出すかのか、ハッタリをかますのか、ただ傍観しているだけのか。男たちは腹の中を探りあう……まあ、結論がでるのは大体二週間から一ヶ月くらいの間だが」
パーシーはまたしても、へぇと呟くと、大金持ちの考える事はよくわからないと言った。
「ええと、とにかく俺には関係がない世界って事だな。わかった。それじゃあな」
彼らに背を向けると、パーシーは今夜はこの女にすると係員に言いい、牢屋から女を連れ出して接待部屋へと向かって行った。
二人は去っていくパーシーを静かに見つめながらその場に佇んでいた。
すると、彼らに向かって一人の白髪頭で老齢の男性が近づいてきた。
「順調か?」
男はエリザベスに向かってそう尋ねると、先ほどの涙を浮かべていた表情とは打って変わって、彼女は赤い唇を綻ばしながら
「ええ」
と答えた。
男はそうかと一言言うと
「それにしてもよく出来ている……まるで鏡を見ているようだ」
と、自分の若い姿を模した銀髪の男の頬に、白い手袋をした手を添えてまじまじと見つめた。
見た目だけではなく、どこか男を見下しているような生意気な視線を投げる所も、偉そうな話し方もそのままだ。
本物の自分に対してすら、その姿勢を崩さない事に白髪の男は素晴らしいと褒めた。
「だが、まさか娼館のオーナーという役割が与えられるとは思わなかったが」
そう言うと、白髪の男はふっと笑った。
「とはいえ、まだまだ道は半ばだ。最後まで気を抜かないように」
白髪の男はエリザベスに向かってそう忠告すると、まるで煙のように闇の中へサッと消えていった。
◆◆◆
明け方、パーシーはいつものように娼館から自宅の方へ戻り、居間の長椅子に横たわって昼過ぎまでくつろいでいると、何やら玄関の方で使用人が対応している声が聞こえてきた。
今日は来客の予定なんてあっただろうか? 彼は身を起こして髪型を整えていると、父様! と言ってパーシーの一番上の子供が居間の中に駆けてきて彼に抱きついた。
なんで子供が? と、彼は一瞬驚いたが日付を確認すれば、そうだ今日は妻のメアリーが出産を終えて戻ってくる日だったと彼は慌てて思い出した。
「私の留守中、悪さはしてないわよね?」
メアリーはそう尋ねると、微笑みながらもジロリと彼の事を見た。
「あ、ああ。そんなことないよ。君たちが戻ってくる事がどれだけ待ち遠しかったことか!」
彼はわざとらしいくらいに笑顔を作り、妻を抱きしめた。
それはもちろん、しばらく賭け事もあの娼館には行けないと落胆していることも悟られないようにするためだった。
「さあ、産まれた子供の顔を見せてくれ」
そして、彼は女中が抱き抱えている我が子の前まで行くと、産まれた直後に立ち会えなかったのが残念だ、本当に子供が成長するのは早いだのなんだの言って、その場を取り繕うことに集中した。