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僕と私が交わる果てに  作者: 紅羽夜


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第30話「ハワイにて」

 梅姉は夏休みとして、ハワイに訪れていた。

 観光名所でも、リゾート地でもなく海の底にいた。


「止まれ!」


 梅姉は英語はできるが面倒なので自動翻訳機を使用した。


「通してください?」

「不可能だ」


 梅姉を静止させたのは銃を装備し、軍服を来た男だった。

 この男はコスプレではなく正式な兵士だ。

 男は混乱していた。課せられた任務は監視。

 本来、一般人が来ることなどないのだ。

 ここは海の底。一般公開されてる場所ではない。

 海底火山やプレート等の影響を計算され建てられた施設で、自然災害の影響を限りなく受けに難く、世界一安全な場所な空間である。


「いいじゃないですかちょっとだけ」


 男の腕を掴む。豊満な肉体の感触に思わず男の鼻の下が伸びる。

 が、その程度で任務を放棄する兵士ではなかった。


「けち」

「そもそも、お前は誰だ?どうやってここに来た?」


 ここは国にとっても機密事項で知っている人間は少ない。

 そもそも、辿り着く前に不審者ならば殺害されているはずだ。


「通してかまわん。君は何も見てない。いいな」


 男は突然の命令に停止するが、即敬礼し命令を受領する。

 梅姉の後ろから恰幅の良い男がやってきた。


「大統領もついてきたんですか?」


 梅姉は振り返る。


「ええ。私が私の意思では入れない唯一のエリアになりますからね」


 男はアメリカの大統領だった。

 国トップの命令だ。兵士である男が命令に背くという選択肢はない。

 梅姉は扉横の電子パネルを触る。

 しばらくすると、扉が音を立て開いた。

 梅姉と大統領は中に入る。

 そこは目的の部屋ではなく通路だった。

 壁には死角のないように重火器が設置され天井には同様に監視カメラ。

 同じく無数の穴が開いており、ここからは神経ガスが放出される。

 徹底された通路を抜けると、さらに頑丈な扉が現れた。

 この扉の先を知っているのは大統領と、最高幹部の数名。

 この扉を開けるためには登録された生体情報を二つ入力しないとならない。

 つまり、大統領一人では入ることができない。国のトップなのにだ。

 梅姉は成体認証を行い、数字の羅列を入力する。

 生体情報が二つ必要なはずだが、梅姉の一つでロックが解除された。

 すると、扉が開いた。

 部屋の中には一枚の電子パネルが設置されていた。

 そして、その奥にさらに部屋があるがそこに入ることはできない。


『やぁ、ひさしぶりだね』


 電子パネルに突如文字が浮かびあがる。


「これは……」


 大統領は知っていたが驚愕した。

 自身が大統領になりこの部屋を知り、訪れた時一切反応がなかったからだ。


「人類史上最悪の異能者……やはり反応があるのか」


 隣の部屋には人間がいた。

 しかし、体は芋虫のように全身拘束され五感を奪われている。

 肌の露出がなく、言葉も発せないよう完全防音。体には無数の電極が刺してあり、人体が一瞬で死滅する電圧が流すことができる。

 電極だけでなく、針も無数に刺され毒薬、毒ガスなど放出される。

 さらに、部屋の壁には無数の重火器が設置されている。

 人間を一人殺すためには過剰なほどの施設である。

 男の言葉は電極から電気信号に変換され電子パネルに表示される。

 大統領が驚愕したのはここである。この部屋に人が来たとしても隣の部屋の人間は知ることができないはずなのだ。

 なのになぜか来たことを、さらには知人であることを察知したのだ。


『今日も実に綺麗だね』

「世辞はいらない」


 電子パネルに言葉が表示される。それに対して当たり前のように、梅姉は口頭で返事をする。 

 当然隣の部屋には聞こえない。聞こえないのだが、文字は当たり前のように表示される。


『今日はどのような用事かな?』

「一つは報告。もう一つは質問」

『報告?それは珍しい』

「将成が死んだよ」


 大統領は誰だと質問をすることはできなかった。質問どころかこの会話を邪魔することはできなかった。

 何が起きるかわからないからだ。


『……そうか。それは残念だ。死因は?』

「安心しな。大往生だった。子供に孫に看取られて穏やかに逝ったそうだよ」

『そうか……彼は実に優秀な子供だった』

「そうだね。少し頑固なのがたまに傷だったが、その分素直だった」

『理解ってはいるが、知人の死去とは心が痛むものだね。ところで、紅の児は元気かね?』

『大いに元気だね。片方はバリバリ仕事に精を出してる」

『感心、感心。君もずいぶん手を焼いていたようだしね』

「あんたほどじゃないさ」

『ははは、それは違いない。だがあの二人に比べたら私の方がまともじゃないかね?』

「まともだったら私もアンタもとっくに土の上さ」

『確かにね』

「そして、質問だ。あんた悪巧みしてないかい?」

『……私は思考すること以外できないよ。そこに善悪があるとするのなら、悪巧みということはできるだろう。しかし、考えたところで私には何もできないだろう?」


 この施設はただ一人の異能者を拘束するためだけに作られたのであった。


「……そうかい。邪魔したね」

『……さようなら。我が最後の友よ』


 梅姉は振り返り、歩き出す。


「置いてきますよ?」


 大統領はその言葉で我に返り、急いで後を追う。

 この部屋で閉じ込められたら死ぬしかない。

 帰り際兵士は梅姉を見るなり、最敬礼で見送った。

 完全な暗闇の中文字が浮かぶ。


『世界が忘れてたとて、私は忘れない。絶対に……』


 言葉は消え、完全に沈黙した。 

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