第25話「光景」
ナツキはいつも通り保健室で自習をしていた。
今日は一日学校だ。何やら重要な会議に梅原が参加し不在だからだ。
授業の時間が終わる数分前、珍しい人物が保健室に入って来た。
「こ、校長」
「感心感心。神崎君、放課後少しだけ時間貰えないかね?」
「えーっと大丈夫ですけど……」
ナツキは戸惑う。怒られるようなことをした記憶がない。
「なに、説教とかそういうのじゃないよ。夏季休暇だろ?その後に面談がある。これから先は進路など重要になるので事前に私も話しておいた方が良いだろうという判断だ」
「は、はぁ」
説教ではないので安心はしたが、心は重い。
校長と面談なんて『異能者』だからだろう。
「後数分後だが、チャイム鳴ったら校長室に来てくれ」
「分かりました」
校長は出て行った。
すぐにチャイムが鳴り、ナツキは帰り支度を重い足取りで校長室に向かう。
「すみません、神崎ですけど」
「どうぞ」
ドアをノックするとドアが開いた。
「ささ座ってくれ」
ナツキは部屋に入ると校長がドアを閉め、お互いソファーに座る。
「そう固くなることはないさ。須田先生から宗藤先生に代ったけど問題ないかね?」
「はい、大丈夫です」
「そうか、なら良かった。まだ決まってないかもしれないけど、神崎君は卒業後どうしたいとか決まってるかな?」
「……決まったわけじゃないですけど、大学に進学を考えています」
まだ具体的に何の職につきたいなど決まってるわけではない。
そしてナツキは『異能者』なのだ。場合によっては就職に不利に働く。
なのでせめて大学は卒業しておこうと思った。
「なるほどね」
校長は立ち上がり机の方に向かう。
机の上の端末を持ち、起動し何かを確認する。
「希望大学によるが、現在の学力ならよほど難関を選ばない限りは問題なさそうだね」
「なるほど……」
「心配しなくていいさ」
端末を机に置きナツキの所に歩いてくる。
「君は確かに『異能者』だ。しかしね、君は我が校の生徒だ。犯罪を犯すような『異能者』じゃない。学校生活の態度だって悪くもない」
校長は熱弁を振るう。ナツキの肩に手を置き励ます。
「そんな生徒が偏見と差別で尊い将来の道が狭められるというのなら、私は全力で戦う。もちろん私だけではない、学校一丸となって戦おうじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
「まぁ、もちろん今後も今のように清く正しい生活を送ってもらう必要がある。それに味方する代わりに私の言うことも聞いてもらう。校則を遵守すればいいだけだ、約束してくれるかい?」
「はい。え?」
ナツキの体に悪寒が走る。
茜は勢いよく、ドアを開けた。
「ん?どうしたんだ?」
茜は息を切らしていた。走って保健室までやってきたのだろうと宗藤は推察した。
「神崎君ならもう帰ったぞ」
「大変です、私見たんです。今すぐ来てください」
「お、落ち着いてくれ。まずは深呼吸。な、一から説明してくれ」
茜は選択授業の課題提出のために三年の教室のある棟に行っていた。
茜は廊下で疑わしいと評していた毛利を見かけたので何気なく後を付けてみた。
毛利は何故か人があまり来ない資料室に入っていった。
この階は資料室等、特別教室しかなく用がない限り生徒など来ない。
教師なのだから業務で資料室に入った可能性もあるが念のため確認するにこしたことはない。
室内を覗くと毛利以外に先客がいた。それは女子生徒だった。
これは限りなくグレーである。なので、急いで須宗藤を呼びに来た。
茜の怒りは十二分に理解できる。しかし、ここで怒りに身を任せて事件が解決できなかったら不味い。
宗藤は茜に冷静になるように言葉をかける。
「分かった。案内してくれ」
宗藤は鞄を持ち、現場の資料室に向かう。
こっそりと状況を伺う。
具体的な行為に及んではいないようだった。
しかし、明らかに資料室に目的を持って滞在しているようには見えない。
「!」
人は本当に驚い時硬直するというが、それは本当のようで毛利は硬直し驚愕な表情を浮かべるだけだ。
宗藤は毛利を柔道の要領で床に投げ飛ばす。
鞄から器具を出し、腕、足を拘束、猿轡をかませ喋れなくする。
「悪いな、いきなり異能を使われても困るから必要な処置だと思ってくれ」
「先輩、大丈夫ですか?」
茜は女子生徒に駆け寄る。
「な、何?」
「先輩、もう大丈夫ですからね。あの変態はもう何もできないです」
「……」
「一応、改めて自己紹介すると養護教諭の宗藤だ。安心してくれ俺は『異能者』犯罪にも詳しくてな。君はもう安全だ」
「な、何のことですか?」
「……言えないかもしれないが、言える範囲でいい。ここで起きたこと話してくれない?俺たちは君の味方だ」
「せ、先生は悪くありません。誤解です。解いてもらえますか?」
「……」
宗藤は悩む。
この発言が女子生徒の本心からなのか、異能のせいで言わされているかどちらなのかと。
「ちょっと待って宗藤先生」
茜は完全に勘だが、ある事実を推察する。
それは勘違いであって欲しいと願うが。
「どうした?」
「ひとまず喋れるようにだけしてあげてください」
「いいか?あんたの異能は俺には効かない。それに、心理学のプロだ。嘘をついてるかどうかなんてすぐ分かる」
毛利を脅しながら、猿轡を外す。
「わ、私は『異能者』じゃありません」
「そうか。では、女子生徒とこんな人気のない部屋で何してたんだ?」
「そ、それは……」
「教師の立場を悪用し、犯罪行為に手を染めてたんじゃないのか?」
「た、確かに批難されても仕方ありません。私が全面的に悪いです。ですが、これは誓えます。彼女に無理やりは何かをしようよしたことは一切ないです」
信じれる状況ではない。
「そうです。先生は悪くありません。元はといえば私が悪いんです。私が無理にお願いしたから……」
「何だって?」
宗藤は困惑する。
「違う、私が大人げなく我慢できなかったからだ私は教師だ、全部私に責任がある」
「分かった。ひとまず君が説明してもらえるかい?」
高校に入学したころ、数学が苦手で最初のテストで赤点を取った。
毛利の補修を受けたのがきっかけだ。
毛利に教わるようになってから苦手だった数学は徐々に得意になり、テストでは八割の好成績を取れるようになった。
数学が好きになっただけはない。毛利個人も好きになっていった。
キスを迫ったのも私からだ。
好きならばキスをしてくれと。遊びじゃないことを証明してくれと迫った。
「私が悪いんです。責任を取って教師を辞職します。彼女が成人したら結婚します。もし、その時まで彼女が私を好きでいてくれたらですけど」
「せ、先生……」
「あーなんだこれ……」
つまりは禁断の恋。
二人を観察していたが、限りなく事件と関係がなさそうだった。
「佐霧さん、どうして気づいたんだ?」
茜は二人の関係性を理解したからこそ、猿轡を外す提案をしたのだろう。
「なんていうか……先輩見たら、なんとなく。そうじゃないかなーって」
「そうか」
宗藤は毛利の拘束を解除した。
「一応謝罪します」
「いえ、原因は私なのですから……」
「そういえばさっき宗藤さんナツキが帰ったて言ってましたよね?」
「ああ」
「ナツキは校長と面談するーって連絡きましよ?」
「なんだと?」
宗藤は目の前の光景と同様に勘違いであってくれと願いながら校長室に向かう。




