第23話「会議」
都内で重要な会議が行われようとしていた。
(……帰りたい)
沢田は心の中でつぶやく。彼女は榊原の付き添いとして参加する。
参加者達は重鎮ばかりで気が休まらない。
政治家達がざわめきだした。
ドアが開けられ入ってきたのは異能組織の『千導院』代表。
千導院家百六十九代目当主千導院千草。
千導院は認可組織の中でも異例中の異例だ。
異能とは遺伝するものではない。
しかし、千導院は直系の人間がかならず異能を発現する。
千導院家の歴史は古く、この国において文字が使用されだした頃から歴史に名が残っている、とされている。
代々朝廷や、貴族、将軍家など時の権力者と血縁や親族関係を結び発展、強大な影響力を持ってきた。
千導院家は膨大になり、現在百以上の分家が存在する。
政治家にとっても大きな存在で、千導院家当主とお近づきになるのはなにより重要なことになる。
千導院千草がこの会議で反対すれば、榊原の計画は確実に頓挫する。
「間に合ったね」
「本来ならもっと余裕あったのにね」
後から入ってきたのは千導院と同じく認可組織の『紅い家』。
その代表柳原龍士と付き添いの梅原せつ。
認可制度ができ初めて認可された組織は紅い家と千導院の二つだ。
大物たちの集いなのだ。
会議は沢田の心配とは裏腹に順調に進んでいった。
懸念していた千導院千草も特に異を唱えることはなかった。
「私としては以上です。意見のある方はいますか?」
榊原は説明を終え、出席者達を見る。
「ちっ」
榊原は反射的に舌打ちをする。もちろん、誰にも聞こえない程度にだが。
出席者の一人が手を上げた。
「紅い家代表の柳原です。『異能者』として私もこの法案自体には賛成です。しかし、一つだけいいですか?」
「何か変更するべき点がおありとお考えですか?」
「いいえ、変更ではないです。追加して欲しいです」
沢田は隣の榊原の表情を見て逃げ出したくなった。
まさに般若だ。まだ何も言っていないのに。
「正当防衛に関しての項目を明記して欲しいですね」
一同沈黙し、考える。
一人の官僚が口を開いた。
「襲われたから自分の身を守っただけだ。殺すつもりなんてなかったと悪用される恐れがあるのでは?なら、既存の正当防衛で十分なのでは?」
死人に口無し。
最初から相手の『異能者』を殺すつもりでいるのなら、悪用すれば本来裁かれるべき『異能者』が無実の被害者になる恐れもある。
「この前、例の黒壁所属の『異能者』に襲撃されました。被害者にはうちの所属している十歳の少女も含まれてました。こういった『異能者』を守れないケースがあるという、ことが私の懸念です」
『……』
「私も発言したいのだがよろしいかな?」
千導院千草が手をあげる。
「も、もちろんです。どうぞお願いします」
政治家はへこへこしながら千導院千草に発言を求める。
「私には、十五になる娘がおる。路上で私の娘だから、『千導院』所属の『異能者』だからという理由で襲われても無抵抗であれと言うのか?あれは私が腹を痛め産んだ愛しい我が子なのじゃが」
この発言に、榊原以外の参加者は慌てる。
千導院当主を怒らすということは、自身のキャリアを捨てることだ。
ここで一気に柳原の要望である、追記に賛成の雰囲気になる。
「た、確かに、既存の正当防衛では、過剰防衛になる場合が極めて多いかと思われます。こちらにつきましては個別のケースで適用するというような形でもよろしいでしょうか?」
「……どうじゃ?」
それは柳原に向けてである。
「ええ、私もそれで問題ないかと」
会議が終わり解散となった。
「久しぶりじゃの」
「ええ。お元気そうでなによりです。先ほどの援護ありがとうございます」
「なに、嘘偽りは何も言うておらん。私の立場であれば、もう少しあの法案に文句をつけるべきだったかもしれんがな」
「この世論ですしそれに、テロ騒ぎの犯人の動機があそこまで幼稚だと致し方ないかなと」
「あれは目覚めたばかりの幼子と変わらんじゃろ。まぁ、愚かなの間違いないが」
実に複雑な境地である。
「襲撃があったと言ったが、白剣家のは息災か?」
「ええ、もちろん無傷ですよ」
「そうか」
「あなたが刹那を心配するのは少し意外でした。知己ですか?」
「あちらは知らんだろうがな。まだ赤子の時に一度会っただけだ」
柳原は本当に驚いた。
千導院家と白剣家は古くから交流があった。
白剣家の事故以降疎遠になった。
「なるほど、刹那から聞いたことなっかたので。お会いするなら話をつけますが?」
「構わん。今は良い方向に歩み始めたばかりじゃろう。旧縁が邪魔するべきではないだろう」
千導院千草は優雅に退出した。
「夏休みちょいとばかし休暇を頂くよ」
「もちろんですよ。梅さんにはいつも苦労かけているので、ゆっくりしてください。ちなみにどちらに?」
「そうさね、ハワイさ」
「ハワイですか、くれぐれも気をつけてくださいね」
「いまさらさね。別に命を取られるわけでもないんだ。大丈夫さ」
一方榊原と沢田は急いで警視庁に戻った。
「総監、ずいぶん機嫌悪そうですね」
「ん?退屈で退屈で仕方ありません。死んじゃいそうです!仕事をもっと増やしてくださいだと?」
「待ってください!今日はかなり前から気になっていたお店の予約取れたので残業なんて一分もしないですからね」
「あ?こんな大事な時に楽しく食事か暢気なやつめ」
「何言ってるんですか?大事な時にこそ食事は大切じゃないですか。戦もできぬって言うし」
「……戦か」
あながち間違っていない。
法案が施行、警察も対『異能者』犯罪において劇的に変化する。
警視総監になるために内部争いなんて愚の骨頂と思いつつも勝ち残ってきた。
「明文化されたら、私が関与することなんてないじゃないですか」
「あほか。むしろ山積みだぞ?」
対『異能者』犯罪の部署など大幅に変わるだろう。
「もしもですよ?総監の野望が全て実現されたとするじゃないですか」
「野望……。確かに俺の目標は野望なのかもしれいないな」
「警察を辞めますか?」
「……あほ、ゴールじゃない。スタートラインだぞ?」
「それもそうですね、総監お疲れ様です」




