ワクドキ!? 初めてのたたかい!!
「ペアリングパピー!!!!」
魔法の言葉を唱えた次の瞬間、宝石のようなモチーフが強烈な光を放ち始めた。
世界は再び白い光に包まれる。
こころの体の周りに、恋の魔法によって星の光が散りばめられ始めた。
♪♪♪♪♪♪
こころが瞳を開くと、遠くに恋シ浜中学校の校舎の屋根が見えた。
「あれ? わたしいつの間に目閉じてたん……ってうわぁぁぁぁぁあああ!!」
こころは自分の置かれている状況に気づき、悲鳴を上げる。
視界に映るのは、校舎の屋根のほかに、恋シ浜市中の建物の屋根。
こころは、恋シ浜市を一望できる高さから真っ逆さまに、恋シ浜中学校へと落っこちていた。
「なん、で! なんか失敗しちゃった!?」
空を裂くように加速度的に落ちていくこころは、段々と大きくなる校舎の屋根を前に、疑問に思う。
「ハッ! もしかしてわたし、妖精みたいなのに騙されてたんじゃ!」
「なんでそうなるスター!?」
焦るこころの隣に、妖精を自称するスターがショッキングな表情をして並ぶ。
「今の自分の姿を見るスター! こころはもう魔法少女スター!」
言って、スッ とマントの裏から鏡を取り出すスター。壁にかけるタイプの鏡を両前足で持ち、こころの姿を反射させる。
マントよりも大きそうな鏡をどうやってそこから出したのか聞きたかったが、今はそれどころじゃない。逆風のなか、こころは鏡に映る自分の格好を確認する。
背中まで下ろしていた黒髪は、ショッキングピンクでかつ腰まである重めのツインテールに。
制服のブレザーとスカートは、ピンクと白を基調としてふんわりとしたミニワンピに。
紺色のショートソックスは、ハートの飾りが外側に三つ並んだ白いハイカットソックスに。
学校指定のスニーカーは、ピンク色のミドルヒールブーツに。
変貌を遂げていた。
他にも、胸元にあるリボンの結び目にはモチーフが据えられ、両手には白の手袋がはめられ、ツインテールの付け根には桜色の髪飾りが着せられていた。
「わ! ほんとだ! てことはわたし、もう魔法使えるの?」
「使えるスター、恋の魔法が使えるスター!」
「恋の!? それってちゃんと魔法!?」
「大丈夫スター! まだ地面に着くまでに時間があるから、魔法の使い方とバクハーツの倒し方を、レクチャーしてあげるスター!」
「ほんと!? ありがとう、スター!」
一直線に落下していくこころの横を、風の上を滑るように飛ぶスター。
流れ星の妖精による、魔法少女の戦い方講座が始まった。
♪♪♪♪♪♪♪
風に乗って、地面に対して斜めに近づくこころは、
くるん と宙で前転をしてから、
カカッ とヒールを地面のレンガに着いた。
「すごい、ほんとに無事だった……!」
感嘆の声をもらし、肩で息をする。
緊張で上がった息を整える間、こころはスターの言葉を思い出す。
「魔法は基本的には、こころの身体を強くして、動きをサポートしてくれるものスター。例えば、屋上から地面に間違えて落ちちゃっても怪我をしないでぴんぴんしてるスター。壁を走ろうと思えば走れるスター。コツは、強いて言うならこうしたい!っていうイメージをちゃんと持つことぐらいスターね。あとは魔法を信じていれば良いスター。
でも、バクハーツを浄化するには基本的な魔法の力だけじゃ駄目スター。バクハーツは青春の恋というものがとっても大嫌いで、青春の恋を台無しにするために爆発しにやって来るスター。けどそれは裏を返せば、青春の恋——つまりは、それを源にするラブパワー——が大の苦手ということスター。バクハーツの弱点は、たくさんのラブパワースター。
スターはこれから、こころと別行動をして、学校中のラブパワーをかき集めてくるスター。それらをこころのラブパワーと合わせて、バクハーツにぶつけるスター。
それじゃあ、スターは先に行ってるスター。こころはその姿に慣れてからで良いスター。
待ち合わせはバクハーツの前。スターがラブパワーを集め終わるまで、バクハーツの相手は任せたスター」
そう言い残して、スターは颯爽と飛んでいってしまった。急速に遠く小さくなったスターに、質問をすることはできなかった。
バクハーツとの戦いって具体的に何するのとか
ラブパワーを集めるのにどのくらいかかるのとか
質問あったんだけどなぁ
呼吸は落ち着き、こころは改めて周辺を見やる。こころが着地したのは、初めて見る桜並木の道。木々の向こうには屋内プールや、二年生棟、サッカーグラウンドなどがところどころ垣間見える。校地内の位置的には、中央広場からそんなに離れていない。
なのに、人っこ1人見当たらない。
「スターが言ってた通りだ……建物はそのままなのに、誰一人いない。これが……マジカルフィールド……」
スター先生の講義が始まって一番最初に教えられたのが、この世界についてのことだった。曰く、「魔法少女がいるこの世界は、想い人や友達、みんながいる世界ではなく、その世界を魔法によって再現した、いわば仮想世界のようなものスター」、ということらしかった。
みんながいる世界にそれ以上の被害が出ないように、魔法で世界そのものを創り、そこにバクハーツを召喚・閉じ込めた、ということらしい。
他にも、魔法少女の変身がキーになるとか、もっと難しいことを言っていたが、わたしには概要を理解することさえできなかった。
こころは、人っこ1人いない並木道を、ピンクのヒールで駆け抜ける。中央広場を経由し、第三体育館の渡り廊下を目指す。
曲がり角を曲がると、遠くに丸っこくて白い巨体が見えた。
「バクハーツだ!」
こころはさらに速度を上げて走り近づく。
バクハーツが弾み出して、渡り廊下に体当たりしようと巨体を揺らす。
バクハーツが飛び上がったタイミングで、同時にこころも、ダンッ! とバクハーツの10mほど手前から走り幅跳びのように踏み切る。
「や、め、ろぉぉーーーー!!」
こころは体全体を弓のように反らして、右拳を肩よりも後ろに振りかぶる。
——マジカルフィールドの校舎と現実の校舎がリンクしていないことは、スターから聞いていた。マジカルフィールドで再現されたものは、現実世界から完全に切り離されているから、こちらの世界での破壊や被害が現実に広がることはないのだと。だけれど——
でも それで破壊を見過ごすのは
陰口を許してるみたいでなんか嫌だ
こころは、飛んだまま渡り廊下の下を抜け、振りかぶった拳をバクハーツへと突き出す。
「ーーぉッ!!!!」
突き出した拳は見事、バクハーツの眉間に命中する。こころは、これでもかとバクハーツの顔をめり込ませて、
「ふっ飛べ!!」
声高に叫んだ。
しかし、空中で衝突した両者は、バクハーツの持つ弾性によって後方へ弾き戻される。
ドシィーン という低音が辺りに響く。
こころは渡り廊下の下で、ドテッ と尻もちをついた。
「痛っ!」
お尻をさするかたわら、眼前の新しい窪地をにらみつける。
こころが立ち上がろうとレンガに手をつき下を向いたとき、バクハーツはしゃべりだした。
「おい、魔法少女、」
えっ……? バクハーツってしゃべれるの?
「お前は好きなやついるか? バクハッ!」
……バクハッ??
てか好きなやつって……急になに??
「好きなやつ、いるのか? バクハッ!」
もしかして恋バナしようとしてる?
怪物と言い妖精と言い なんで突然恋バナ始めるかな
こころは後頭部をさらしたままで、答える。
「べ、別に。いないけど……」
バクハーツに鼻で笑われた。
「フッ」
「な、なによッ」
バッ、と顔を上げる。
「魔法少女になっといて好きな人がいないは嘘に決まってる。バクハッ!」
「……ッ! 分かってるならなんで質問したのよ!」
「お前がバカかどうか確認したかっただけだ。バクハッ!」
くっ 語尾になりきれてない後付けのバクハッ! が無性に腹立たしい
こころは、両方の拳を握りしめながら立ち上がる。
「大体、訊かれて隠してしまうような好意が本当に恋だと言えるのかよ。バクハッ! 恥ずかしいとか、相手に知られたくないとか、くだらない。バクハッ! 恋をしてるのが恥ずかしいのか? それとも自分だけが好きで相手は好きでもないっていうのが耐えられないのか? バクハッ! しょせん、子どものあこがれだな。お前は恋に恋してるだけ。バクハッ! 相手のことは別に好きでもなくて、相手のことを考えてトキメいてる自分が好きなんだろ? バクハッ!」
違う それは違う わたしはちゃんと好きだ
こころは下唇を噛みしめる。
「それともあれか? 好きになったら、相手は王子様のように勝手にやってきてくれるとでも思ってるのか? バクハッ! それなら一生片思いでもしてろ。バクハッ! 察しの良い王子様なんかこの世にいるわけねぇだろ。バクハッ! 恋を叶えずに、一生苦しんどけっ。バクハッハッハッハッ!」
大きな声で、あざ笑うバクハーツ。
こころは噛んでいた下唇を離し、深く息を吸う。
吸った息を全て吐き出す勢いで、こころは訴えた。
「だから、だよ!! 今まで自分から話しかけることすらできなくて、それで散々苦しい思いをしてきて、悔しい思いをしてきたから、だから!! 変わるんだ! もう、勇気が出なくて泣くのは嫌だ! 決意をないがしろにして自分が嫌いになるのはやめた! 自分を変えるために、みんなを守るために、わたしの恋を叶えるために! わたしは——————恋をするために、魔法少女になったんだ!!!!」
こころは、ビシィッ と人差し指をつきつける。
「わたしには、あんたのほうが恋にビビってるように見えるけど?」
「ハッ、そんなわけないだろ。バクハッ!」
バクハーツの頭のてっぺんにある円錐形の角が、ドリルのようにギュルギュルと回転し始めた。
「ビビってはいないが、お前はうざいから倒してやる。バクハッ! ちょうどアンチラブパワーもたまったことだし——」
バクハーツの角の根本が、ぷしゅー と煙を噴き上げる。
「——やっつけてやる。バクハッ!!!!」
角がロケットのように発射された。ばしゅー と煙を噴き出し、蛇行しつつもこころ目掛けて飛んでくる。
「ッ!!」
鋭利な角の先端に対して、こころは両腕を眼前でクロスして防御の姿勢をとる。
しかし、ツノロケットはこころに当たる直前で上方向に向きを変え、そのまま渡り廊下の底に激突、ボガァーン と爆発した。
ガラガラと崩落する渡り廊下の瓦礫が、こころの身体に次々と当たる。
目の前に作ったバッテンを上に持っていって、腕の隙間から見上げると、真上から一際大きなコンクリートの塊が降ってきていた。
目を見張ると同時に、両腕を上げて、こころの2倍もある大きな瓦礫を受け止める。
「ハッハッハッ! そのまま潰れちまえ。バクハッ!!」
愉快そうに、バクハーツは全身を縦に伸び縮みさせる。
くっ だれが潰れるかっ!
魔法少女の力でこんなの投げてやる
こころは足を踏んばり、手の指を全てコンクリートにめり込ませる。全身のバネを使い、
「せー……のッ!」
で投げ返した。
「うわっ! そんなのアリ!? バクhぐはぁっ!!」
投げ返された大きなコンクリートの塊をバクハーツは顔面でくらった。
ぽよんっ とコンクリートの塊は跳ねて、すぐ横に落ちる。
「くそっ! これだから魔法少女は気に食わないバクh」
「遅くなったスター! こころ、大丈夫だったスター?」
脇道から、スターが現着した。
「もう、どいつもこいつも、人の話をさえぎるなっ。バクハッ!」
「スター! もうラブパワーは集め終わったの?」
「敷地内は全部集めたスター。たぶん、十分すぎるぐらいスター」
「えっ? 恋シ浜中学校の敷地内全部?」
「そうスター。敷地内のラブパワーが全部、このマイクに入ってるスター。だから遅れちゃったスター。でも、これだけあれば倒せない敵なんていないスター!」
「確かに、安心だね。ありがとう、スター!」
スターとこころは、ハイタッチをする。
それを見て、焦るバクハーツ。
「くっ、こっちも早くアンチラブパワーを集め直さないと。バクハッ! そ、そうだ。おい、お前ら、俺と楽しくおしゃべりしないか? バクハッ!」
バクハーツは、媚びへつらうようにうすら笑う。
けれど、こころはキッパリと断る。
「しない! 他人の恋路をひねくれた目でしか見れないような怪物とは、もう話すことなんてないから!」
「くっそぅ! 別に俺だって好きでお前らと話すわけじゃない。バクハッ!」
こころは、キラキラと太陽光を反射する緑色のマイクを、右手に握る。
右手を左手側に持っていくと、スターのしっぽがケーブルのように延長された。
「こころ、浄化魔法の呪文は覚えてるスター?」
「うん」
コクリとうなずき、伸ばしたしっぽの真ん中辺りを左手でつかむ。
口で息を一つ吐いてから、マイクを口元に近づけていく。
「新米魔法少女にやられるほど俺は弱くねぇ。バクハッ! お前の恋は嘘っぱちだしなっ。ラブパワーが扱えるわけがねぇ。バクハッ!」
すぅーっ と息を吸い、こころは目をとろんとさせる。
こころの頭の中には、ずっとあこがれている大天使カナエル様の姿があった。
そっとマイクを包み、甘美で、繊細で、安らかな声で唱える。
「“わたしの恋が あなたのハートに 響きますように”」
ニコッ
柔らかに笑んで、目を細める。
それを見て、恐怖から後退りするバクハーツ。
「や、やめ」
優しげな雰囲気から一転、
キッ と冷ややかに睨めつけるこころ。あごを上げ、見下げるように瞳を震わせる。
かと思うと、大きく右足を踏み出して、ガァーン とヒールをレンガに突き立てて、上半身を半ば折った体勢になった。
目一杯、肺に空気をため込み、レンガに向かってこころは、はち切れんばかりに絶叫する。
「“ラウドボイスゥゥゥぁぁぁあああ!!!!!!!!」
鼓膜を揺さぶり、胸を揺さぶる叫声が、聞くもの全てを虜にする。恋のトキメキが、魔法を通して、追体験させられる。
その身が浄化されると分かっていても、心を射止められたバクハーツは、目をハートマークにしたまま動けない。
「ああああ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」
少しずつ、バクハーツの体の一部が、小さなハートマークになっては宙に浮いていく。
「こ、これが、恋の喜び……! バクハッ!!!!」
ぽむんっ とピンクの煙に包まれて、上から下まで、全てがちっちゃなハートマークと化して、天高く昇っていった。




