ワクドキ!? 妖精との出会い!!
♪♪♪
地図を広げて5分。こころは大きな建物と小さな建物の間にある広めの路地を歩いて、やがて立ち止まった。
「うーん、どうしよう、道に迷っちゃった」
再び地図とにらめっこを開始する。
現在は午後の校内散策の時間。午前と同じくクラスごとに主な施設を見学し、それが終われば1時間の自由散策だった。
こころはそれをとても心待ちにしていた。自由散策ではクラスの垣根を超えて誰と回ってもいいということになっているので、もちろん、ひさしくんと回るつもりだったからだ。
しかし、段取り悪く、お昼の時にひさしくんを自由散策にさそうのをすっかり忘れてしまった。ひさしくんと解散した後にゆみから指摘されて、やっと気づいたのだ。
再びあの緊張におそわれると考えると、それだけで胃が痛い思いだった。
眉間にしわを寄せて、地図上に描かれた建物と目の前の建物を見比べる。
「たぶん、これ、かな……?」
外壁に描かれたハートマークと棟番号、それらが地図上のマーク・番号と一致する。
現在地がようやくわかり、こころは胸をなでおろす。
「クラスごとの順路はプリントに書いてあるから、あとはそれをたどっていけば良いよね」
地図を四つ折りにして、リュックを前に持ってくる。プリントを探そうとして、ふと、潮の匂いが鼻を通った。
こころは顔を上げ、風の来た方向を見る。
細く、狭い路地。
その向こうに、キラキラとした光が見えた。
こころは、ほの暗い路地に吸い込まれるように歩いていく。
広大な敷地なのに、なぜ建物が密になっているのかだとか。
生まれた時から嗅ぎ慣れた潮の匂いが、なぜ今さら気になったのかだとか。
そんな疑問は、こころの胸には湧いてこなかった。
狭くて暗い路地を抜けると、横風が吹いた。
4月初旬の海。遠方に広く見えて、空気は冷たく、波は静かではないのが分かる。
こころは半開きになったリュックを抑えて、海を見下ろす。
笑ってしまうほど、そこからの景色は美しかった。
雲ひとつない太陽に照らされた元気な海。
風は気ままに踊り、町を貫く線路上を電車が走る。
眼下に広がる海沿いの町は穏やかに活気付いて。
春の寒さですら、ここを形作る一部だった。
ひとしきり堪能して、1人で呟く。
「山の上に学校があるからかな? こんなにきれいなの。知らなかったや……」
興奮が徐々に落ち着いてくる。
……
ひさしくんと来たらもっと楽しかったのかな
ひさしくんもこの景色を見て笑ってくれるかな
ひさしくんにも見せてあげたいな
……
「……今度は、ひさしくんと来よう」
小さな願いの声は、風に乗って飛んでいった。
♪♪♪♪
ハートマークが添えられた棟番号が見える、先ほどの場所に戻ってきたこころ。
ひさしくんを始めとして、友達や家族など、一緒にあの景色を見たい面々が次々と連想されて、寂しさを感じていた。
いったんその場にしゃがみこみ、気を紛らわせようと地図を眺める。
こんなに広大で入り組んだ敷地内じゃあ、いつまでも誰にも会えないような気がしてきた。
大きな地図を顔に軽くおし当てる。
すると、声をかけられた。
「ねぇ、」
小刻みにふるえていた指が、地図を握って固まる。
「こんなところで何してるスター?」
……………………スター?
スターって、今言った?
「その紙はそんなにかぐわしいスター?」
やっぱり言ってる スターって
語尾にスターをつける不審者なんてわたしは知らない
いったい誰なんだろうと、恐る恐る地図を下にさげて正面をのぞく。
そぉーっと顔を出すと、目の前には——全体的に白くて、はじっこの一部分だけが緑色の、何かが直立していた。
「ネ、ネギ?」
「誰がネギだスター!!」
ネギ(?)が飛び上がって、言葉を発する。
「うわぁっ、ネギがしゃべった!!?」
「だからネギじゃないスター!!」
ぷんすかぷんすか、怒り出したネギじゃないなにか。
それに驚いて、こころはしゃがんだ体勢から尻もちをついてしまった。
両手を後ろの地面につき、引き気味に話を聞く。
「スターは妖精の国からやってきた妖精スター!」
「す、すたー? 妖精?」
スターっていうのがこのネギ(?)の名前? で良いのかな
語尾も同じでわかりにくい
でも妖精ってどういうこと?
「そうスター。スターは妖精スター」
「その、スターさん?は妖精の国から来られたの?」
「そう言ってるスター」
こころは、当たり前みたいな顔をして答えるスターさんをまじまじと見つめる。
よくよく見ると、たしかに配色以外にネギ要素を感じない。
全体としてはカワウソのようなフォルムで、しかしサイズはカワウソより小さい。しっぽだけが深い緑色をしていて、他は全身真っ白。後ろ足で立ち、小首をかしげる姿は、なるほど、妖精のようなかわいさがあった。
そして何より、あからさまに人ではないのにこうして話せていることを考えると、妖精に違いなかった。
「よ、妖精ってほんとにいたんだ……」
「嘘だと思われてたスター!?」
「スターはなんの妖精なの? ネギの妖精?」
「ネギは関係ないスター! スターは流れ星の妖精スター!」
「星? スターは宇宙人なの?」
「だから妖精って言ってるスター!! 何回言えば……っていうか、こんなところで油売ってる場合じゃないスター!」
スターは緊急の用事か何かを思い出したようで、その場でワタワタと走り回る。
「スターは人を探してるスター!」
それを聞いて、こころも自分の置かれている状況を思い出す。
「そうだ、わたしもみんなを探してるんだった」
こころは、すっくと立ち上がる。
こんなところで妖精と話してる場合じゃないっ……でも妖精と話せる機会なんてそうそう無いしなぁ
二の足をふんでいると、スターがこころにたずねた。
「名前は、なんて言うスター?」
そっか わたしは教えてなかったんだっけ
「こころ、だよ」
「こころに聞きたいことがあるスター」
「なに?」
「こころは恋をしてるスター?」
!?
突拍子もない質問に困惑し、そして耳まで赤らめる。
「こ、恋!? それは、その……別に……してないけど」
こころの目は、あっちに行ったらこっちに行ったり、泳いでいる。
わたしって初対面の人でもわかるほど分かりやすいのかなっ
そんなこころの恋の内気はつゆ知らず、スターはがっくり肩を落とす。ハァー、と今にもため息が聞こえてきそうだ。
「ありがとうスター。けど、なかなか見つかるものじゃないスターね、適合者は。この場所ならあるいは……と思ったスターけど」
「適合者?」
「そうスター。スターが恋シ浜に降り立ったのは、適合者——すなわち、魔法少女になれる存在——を探し出すためスター」
「魔法少女……?」
魔法を使って悪者を成敗する女の子のことかな?
妖精がいるなら魔法少女くらいいてもおかしくないな、とこころは納得する。
「スターは魔法少女に会いにきたの?」
「少し違うスター。スターが探してるのは、魔法少女になれる人——適合者スター。その適合者を魔法少女にするのが、妖精たるスターの役目スター」
えっへん、胸を張るスター。
「え!? スターが魔法少女にするの?」
「やっと野菜じゃないすごい存在だって分かってくれたスターね」
「その適合者って、どんな人のことなの? その、さっき言ってた……こ、恋してるっていうのも条件?」
「ん? どうしたスター? こころは魔法少女に興味があるスター?」
「いやっ、別に、そういうわけじゃないけどっ」
ぷいっとそっぽを向いてしまうこころ。
そういう夢を見てるわけじゃないけど
小さいころに本気であこがれていただけだ
「まあ、どっちでも良いスター。適合者の条件は、恋をしてる、ちょうどこころぐらいの歳の、女の子スター。これ以外の人たちはラブパワーに適合できないんだスター」
「ら、らぶぱわー?」
「ラブパワーは恋の力スター。恋する乙女の秘めたるエネルギーであり、恋する乙女にしか扱えないパワーなんだスター」
スターは両前足を自身の胸の前で重ねる。慈しむようにそれを見たあと、こころへと視線を直した。
「今、そんな恋心をねらった怪物がこっちの世界に近づいてきてるスター」
「怪物……」
「ラブパワーが大嫌いで、恋する気持ちを爆発して回る悪いやつスター。やつの名前はバクハーツ。スターは、バクハーツを倒してくれる魔法少女の卵を探してるスター」
くりっとした目が、こころをまっすぐに見る。
「こころ……誰か、心当たりはいないスター? このままじゃ、恋シ浜中学校が大変なことになっちゃうスター」
「……」
こころは、自分以外に心当たりがいなかった。
怪物は恋する気持ちを爆発する。そんなことは絶対にやっちゃダメだ。
恋はあったほうがいい、バクハーツをやっつけなきゃいけない。そう感じた。
だから、自分が魔法少女をやっても良いと思った。
でもこころには後ろめたさがあった。スターに嘘をついた後ろめたさが。
素直になれない自分が嫌になって、下を向く。
うつむいて、こころは再び思い出した。
と、次の瞬間、遠くから、
ドォォーンという、大きくて重いものが落下したような音が聞こえた。
スターとこころは、揃ってそちらをふり向く。
「な、地震!!?」
「いいや、この気配はバクハーツスター!!」
「バクハーツ!? これが!?」
「まずい、予測より早いスター!! はやく魔法少女を探さないとっ!!!!」
スターは激しい音のしたほうへ、ぴょんぴょんと駆けていく。
こころはすぐに後ろを追いかけた。
♪♪♪♪♪
落下音の発生地点と思われる場所は、第三体育館の横にある広い通りだった。付近には、第三体育館と三年生棟の2階をつなぐ渡り廊下があって、そこから外の様子を見下ろす人たちがいた。
スターとこころは、騒然とする現場に駆けつけた。
何かから逃げるようにレンガの上を走る人々。
その人々の流れに逆らって視線を延ばす。
そこ——渡り廊下の向こう側——には、こころの何倍もの大きさの何かがいた。
「あ、あれが……!」
「そう、怪物スター!」
「怪、物……だけど……」
言われれば確かに怪物なんだけど……
「なんか、かわいくない? ほんとに悪いやつなの?」
「見た目にだまされるんじゃないスター! というか、見た目からして悪いやつスターよ!?」
「うーん……確かにそうなんだけど……」
悪者と言えば悪者なんだけど……
キッとした半月型のツリ目に、イナズマみたなギザギザ口。例えるなら、ジャック・オー・ランタンを怒らせたような顔つきだ。
だけど、悪い要素はそこだけで、あとはもう、全体としては丸いふきだしを横に倒したようなフォルム。分かりやすく言うなら、ドラクエのスライム的な、あるいはサン宝石のほっぺちゃんみたいな。
悪いって言うより ワルかわいい見た目だ
「とにかく、こころは早くここを離れるスター! スターは急いで魔法少女にバクハーツを倒してもらわなきゃいけないスター」
「あ、そのことなんだけど」
その時、周囲から悲鳴が上がった。屋外にいる人はもちろん、渡り廊下にいる人たちからも叫び声が響く。
「おい、逃げろ! こっちに向かってきてるぞ!」
「なんか移動し始めたって! やばいやばい!」
「早く校内に戻れ! デカいやつがこっちに来る!」
「ちょっと! 押さないで! 前もつまってるから!」
殺伐とした混乱が、窓越しに外からでもわかる。
バクハーツがまた一歩、ぴょいん! と飛び跳ねて渡り廊下に近づいてくる。ドシィーンと着地したレンガの地面が、大きく落ちくぼんだ。
現場にいる全員の顔から、血の気が引いていく。
「あわあわあわあわ、大変だスター!大変だスター! はやく見つけないと〜〜!!」
短い前足を人に向けてさまよわせて、恋する少女を探していくスター。
「あの子はどうかスター? あの子のほうがそれっぽいスターか? いや、あっちの子も」
スターが指差した方向——渡り廊下の真ん中右寄りには、なんと、
「ゆみ!!」
と、ひさしくんと友山くん!!?
なんでこんなところにいるの!?
てか このままだとバクハーツが渡り廊下にぶつかっちゃう!!
「急に叫ばないでスター!」
「あの子友達なの!」
「そうなのスター!? じゃあ、あの子が恋してるかどうか知ってるスター?」
「それは知らないけど……でも、私がなる!」
「なるって、魔法少女にスター?」
「そう! 魔法少女に!」
「さっきも言ったけど、恋をしてないと魔法少女にはなれないスター。友達を助けたいのはわかるけど、ムリなものはムリスター。さっきこころが自分で」
「ごめん、それはウソ。わたし……わたしね、恋してるんだ!」
「そんなとってつけたような」
「ほんとだよ! あの人! わたしが好きなのはあの人!! ひさしくんっ!!」
ビシッ と渡り廊下を指差し、こころは人目も気にせず大声で宣言する。
頬が紅潮した真剣な顔で、スターに懇願する。
「お願い、わたしを魔法少女にして! 今みんなを助けれるのは、わたししかいない!! わたしがみんなを助けたいっ!!!!」
こころの本気を感じ取ったスターは、口の端を柔らかく上げる。
「わかったスター。乙女心は複雑スターね」
スターは後ろを向いて、細長いしっぽをこころに向ける。
「これから魔法少女のなり方を教えるスター。まず、スターのしっぽを握るスター!」
「し、しっぽを!? こ、これで良いの?」
困惑を表しつつも、こころは言われた通りにスターのしっぽを、ぎゅっと握る。
「そのまま、心のなかで夢を願って、好きな人を想うスター。その気持ちが、ラブパワーの源になるスター」
「夢って、将来の夢?」
「そうスター。叶えたい悲願でも、将来の夢でも、とにかくなりたい自分を思い描くスター」
「わ、わかった」
わたしの夢——
武道館ライブができるぐらいのバンドのボーカル
わたしの好きな人——
いつも笑顔で明るいひさしくん
わたしが思い求める わたしの姿
わたしは——
とつぜん、目の前が白い光におおわれた。
「わっ!」
「離さないでスター!!」
スターの声が、白んだ世界から聞こえる。
あわてたこころは、強く握りしめ直す。
「い、痛いスター! 流石にしっぽがちぎれるスター!!」
「あ、ごめん」
こころは握る力を軽くゆるめる。
そのうちに、視界をおおっていた純白の光が収縮して、二つの小さな光に分かれた。
一つは、こころが握っているスターのしっぽ。
もう一つは、そこから枝分かれして、小さな白い光の玉になった。
「これは、なに? って、うわぁっ!!」
白く発光する二つのものに気を取られて、こころはすぐに気づけなかった。
「な……! みんな止まってる!?」
あんなに騒がしかったはずなのに、音も聞こえず、誰1人として、ピクリとも動かない。世界が白くなった瞬間に、全ての動きが停止したような風景だった。
「ど、どうしちゃったの? みんな」
「安心するスター。平たく言えば、ここではスターたち以外の時間が止まってるスター。魔法少女に変身するときには絶対起こる現象スター。とは言え、長居できるわけじゃないから、サクッと変身しちゃうスター」
「サクッと……できるかな……」
淡くなっていた白い光が、パシッと弾けるように消えて、隠されていた二つの中身が目に見える。
「マイクと……これは?」
片方——スターのしっぽだったほう——は、ダイナミックマイクに変貌していた。こころが握っているところが持ち手で、しっぽの先が音声を拾うメッシュ部分に変わっている。色は据え置き緑色だが、少々メタリック感がある。
これだけでも驚きだが、こころは、もう一つのほうに目を惹かれた。
宝石のように輝きを放つ、緑色の星マークと、その上に重なったピンク色のハートマーク。キラキラ光を反射するそれらはくっついていて、サイズはちょうどこころの手で難なくつかめるくらい。
それがなんなのか、どんな使い方をするのか、こころには見当もつかなかったが、とても綺麗だった。
「これはなに?」
「それは、こころの想いが結晶化したものスター。物としては、シンボルと言うか、マークと言うか……モチーフ、が一番近いかもスター」
「わたしの想い……モチーフ……」
こころは、両手で下から掬い上げるようにしてそのモチーフを受け取る。
「これが出たってことは、ばっちりラブパワーに適合できたってことスター」
「うん」
「後はいよいよ、魔法少女に変身するだけスター」
気づけば、いつの間にか薄緑色のマントを羽織っていたスター。
ふわりと飛んで、こころの肩のあたりに来る。
「さぁ、モチーフを握って、」
こころはモチーフを右手に持つ。
「スターに続いて魔法の言葉を唱えるスター」
こくり、とあごを引く。
ひさしくんを ゆみを 友山くんを
みんなを助けるために頑張らないと
初めての変身。
ドキドキ、胸が高鳴る。
「ペアリングパピー!」
スターの詠唱に続いて、こころは何倍も大きい声で高らかにさけぶ。
「ペアリングパピー!!!!」