ワクドキ!? 新学期の始まり!!
今日から中学1年生になる新山こころは、期待と少々の不安、そしてトキメク恋心を胸に秘めて、通学路を歩き始めた。
まだ咲かない桜の木が立ち並ぶ土手を歩いていると、樹上から降りれなくなった子猫を見つけたので降ろしてやり、
歩道のない小洒落た橋を通りがかると、橋の前で少年が立ちすくんでいたので手を繋いで車道側を渡ってやり、
遮断機の下りた踏切に着くと、なかでレールに杖が引っかかって立ち往生しているおばあさんがいたので急いで杖とおばあさんを抱えて外に避難してやり、
そうしていつものように行動しながら、恋に彩られた町を行く。
少しして、こころは目的地の前に着いた。身長の倍以上もある校門と、その横にある石造りの門札に掘られた『恋シ浜市立恋シ浜中学校』という学校名を見上げ、スッと息を吸い、背筋を伸ばす。
今日から……今日から中学生だ
キリッと決めた覚悟の表情が、想い人の笑顔を思い出したことで、にへっと緩む。
通りすがった元同じ小学校の生徒らに、声をかけられた。
「おはよう、こころちゃん。どうしたの? ニヤニヤして」
「あー、こころちゃん変なこと考えてたでしょ? 今日入学式なのに」
「ち、ちがうよ! 何も考えてない!」
「あ、そう? まあいいや。ウチら先行くから、またね」
ひらひら手を振って通り過ぎていく元クラスメイト達。
他の周囲の人たちから不審者と思われる前に、すぐさま表情筋を引き締める。
ほんのり頬は紅潮したままで、校門をくぐる。俯きがちな視線の先が無骨なアスファルトから、ハイカラなオレンジのレンガに変色した。
こころは思い出して、目を見張る。
そうだ……わたしは今日から中学生だ
なら、変わらなきゃ
ぐいっと顔を上げ、恋シ浜中学校の広大な敷地を見渡す。校舎へと続くレンガ道、そこを歩く何人かの生徒のなかに、よく知る後ろ姿を発見した。
背中ですら、見間違えるはずもない。なぜなら、小学校の頃からずっと追っていたのだ。
こころは、まずは彼のもとへと駆け出した————
♪
「え? そこからひさしくんに話しかけられなかったの? なんで? 気持ちはもう痛いほど分かるけど、臆病は小学校と一緒に卒業したんじゃなかったっけ?」
親友、菅沢ゆみの辛辣な言葉に、こころはしどろもどろになる。ちなみにひさしくんとは、こころが想いを寄せる相手である。
「いや、それはだってさ、ゆみ。わたしだって、ちゃんと卒業したよ? もはや臆病のおの字も知らないというか」
「だったらなんで話しかけれなかったのよ。春休み中ずっと「中学に上がったら絶対わたしから話しかける!」って決意表明してたのに、どうして?」
「……その、わたしが声をかけようとした時に、まさにその瞬間に、ひさしくんの友達がひさしくんに話しかけちゃって……」
目逸らし気味に弁解すると、ゆみが眼鏡の奥でジト目になった。
「……それは間が悪かったね。」
「ちょ、ちょっと! ほんとだよ!? ほんとに友山くん(ひさしくんの友達)が話しかけちゃったんだからっ」
「分かってるよ、こころの顔を見ればそれが本当のことだって」
「じゃあ」
なんで疑うようなジト目なのさ。
「言い訳してるこころの顔に『安心』って書いてたからね。他の人に邪魔されてホッとしてたんでしょ」
「ぐう」
思いがけず図星を突かれて、ぐうの音が出てしまった。
わたしの決意を疑われていた。
「こころは嘘をつくとすぐ顔に出るから分かりやすい」
「でも、邪魔が入らなければ話しかけに行ってたのは本当だよ?」
「え〜、本当?」
「本当の本当!」
「どうだかなぁー」
言いつつ、ゆみはこころの顔をチラリと確認する。
自信満々の澄んだ瞳は、決意そのものだった。
「……まあ、1人で自分から話しかけに行こうとした時点で、進歩だよ」
「ありがとう」
こころは、ニッと笑う。
「今回はまーじで間が悪かっただけなんだね。したら次は、友達が割り込んできても強行突破しよう」
「それは絶対にムリ。好きなのバレちゃう」
手で顔を覆うと、ジト目で罵倒された。
「意気地なし」
「うぐっ。臆病は卒業したんだけどなぁ、意気地なしは留年しちゃった」
「こころが学校側なんだ」
ゆみは乾いた笑いを浮かべる。
入学式が終わって、中学最初のホームルームが開始されるまでの空き時間。偶然に同じクラスで、さらに偶然にも隣の席だった親友2人は、担任との顔合わせまでおしゃべりを続行する。
「あ、そういえばさ、ゆみは部活決めた?」
「ううん、まだ何も。こころは——って、聞くまでもないか」
「うん、わたしは軽音部行く。バンドのボーカルやるの夢だったし。中学入ったからにはバンド組んで、これまで以上に歌上手くなって、みんなの前で歌ってやるんだ」
マイクに見立てた筆箱を口の前に持ってきて、反対の手でビシッと虚空を指差す。
そんなこころに対して、ゆみはクールに返す。
「文化祭のステージでこころの歌聞くの、楽しみにしてるよ」
「夢はでっかく武道館、だよ。カナエルさんと同じステージに立ちたいんだ」
「天使系バンドのボーカル、大天使カナエルさんか。恋シ浜中のOBで、武道館公演後に母校に来てライブしてくれたんだよね。恋シ浜中の生徒はもちろん、近所の小・中学生も対象に」
「うん。あの時は正直、しびれたよ。カナエルさんの見てる景色をわたしも見たい、って思った。だから恋シ浜中学に入ったんだし」
「入ったって、他に選択肢なかったじゃん。恋シ浜に住む小学生は全員ここに入学するよ」
「えへっ。でも、なぁなぁな入学じゃなくなって、モチベが上がったんだよ。ゆみも生で聞いてれば確実にハマってたのにな。そしたら一緒にバンド組めたのに」
「あの日は風邪ひいちゃったからねぇ。とは言え、わたし人前でなんかするの苦手だしなぁ。てか、そしたら、わたしの部活見学付き合ってよ。なんか恋シ浜中ってめちゃくちゃ部活の数多くて、1人で回るの疲れそうなんだよね」
「良いけど、これ全部回るつもりなの?」
入学に際して配られた分厚い封筒の中にある、恋シ浜中の部活動一覧のプリントを2人はすがめ見る。
「一応、文化部だけね」
「それでも多くない?」
こころがドン引きした目で見ているのは、100近い部活動の羅列。
「なんでこんなに多いんだろうね」
「敷地も広いし、生徒数も桁違いだし、必然的に増えちゃうんだよ、きっと」
「ちょっとした大学みたいな規模だよね」
「ちっちゃいのか、おっきいのか……」
こころはプリントを裏返して、部活動一覧がまだ終わっていなかったことにギョッとする。
「ま、まあ、なんにしろ、中学校生活ワクワクだよね」
「そ、そうだね……あ、そういやさ——」
担任の先生が来るまでの間、2人はそんな風に会話に花を咲かせていた。
☆
恋シ浜中学校、上空。
晴れわたる寒空のなか、恋シ浜中学校へと急降下する一匹の影があった。
その一匹は、目のわきに映る美しい水平線や地平線には目もくれず、バタバタとはためくマントの音も気にしない。一心不乱に恋シ浜を目指して、自分に言い聞かせるように口を動かす。
「大変なことになったスター。バクハーツが……バクハーツの気配がこっちの世界に近づいてるスター」
高度数千メートルに吹きあれる強風をものともせず、どころかジリジリと速度を上げる。
「はやく……はやくラブパワーの適合者を探さないと……!!」
声は風に吸い込まれる。
その一匹の体毛がすれ違う空気とこすれて、光の粒子を放ち始めた。キラキラと若葉色にかがやく粒子は、長い長いしっぽのように、その一匹の軌跡を青空に描いていく。
後日、その軌道が『恋シ浜中学・隕石飛来事件』として、しばらく市内をにぎやかにしたのは、また別のお話である——。
♪♪
恋シ浜中学校、中央広場。
各クラスのホームルームが終わって、新一年生は、東京ドームで数えるぐらい広い恋シ浜中学校の敷地を案内されていた。校内で迷子にならないことを目的に、クラスごと様々な施設を見学する。今日一日で校地内全てを歩いて回るのは不可能なので、一年生棟を中心に、普段使うであろう特別教室やグラウンドだけを見て回る。
今はその午前の部が終わり、お昼ご飯の時間である。それぞれ家から持参してきたお昼ご飯を手に、校地内の好き場所へ散っていく。
こころはA3サイズの学校マップを広げつつ、ゆみに相談する。
「ねぇ、わたしたちもどこか別の場所でお昼食べる? ここからなら大体どこの建物にも行けるって先生言ってたし」
「何寝ぼけたこと言っちゃってんの。どこで食べるよりまず先に、誰と食べるかでしょ?」
「……? ゆみとでしょ?」
「ひさしくんに決まってんじゃん」
「!?」
ゆみは横目になってウインクをする。
どうやらそっちの方向にひさしくんがいるらしい……
「ほら、ひさしくんの友達とか、ほかの誰かに取られる前にさっさと声かけちゃってきな」
「うぐう」
こころは腹パンでもくらったかのように、お腹を抑えてうなだれる。視線の先には、ハイカラなオレンジのレンガ。
「わたしも着いてってあげるから」
「あ、ありがとう……」
オレンジのレンガとゆみに背中を押され、こころは意を決してひさしくんに近寄る。
大丈夫 わたしは変わるんだから
あと一歩、近づいたら名前を呼ぼうと心に決めたと同時。
「こころ、久しぶり」
ひさしくんのほうから声をかけてきた。
急に後ろを振り向かれて、気づかれて、こころはたどたどしく挨拶を返す。
「あ、ひさしくん、久しぶり。ぐ、偶然だねっ」
「そうだねぇ、こころは何組?」
「8組だよ。ひさしくんは?」
「おれは7組。一年生だけで10組まであるって、めっちゃ同級生多いよね」
「そ、そうだね。すれ違う人みんな一年生なのに、ほとんど知らない人たちだった。だから、ひさしくんに会えて、うれ、、良かったよ」
言ったそばから、こころの耳はみるみる赤くなっていく。
「うん、おれも会えて安心した」
ボンッ、とこころの耳は急激に熱を帯びた。
斜め後ろに立って応援していたゆみは、耳の変容を目の当たりにして、メガネ越しの目をわなつかせる。
「ゆみは? 何組なの?」
ひさしくんの質問を聞いて、こころはぐりんっと首を後ろに向ける。
(いてくれたの!? ゆみ!!)
2人は周囲に聞こえないよう、小声で会話する。
(なんで!? ありがとう!?)
(着いていくって言ってたでしょ……)
(てっきり本当に着いてくるだけかと思ってた)
(こころがそれで良いなら離れるけど)
(いや、もうちょっといて欲しいです)
こころの後ろ手によって制服の袖をつかまれたゆみは、不思議そうな表情を浮かべるひさしくんの質問に答える。
「こころと同じ8組だよ。同クラ記録更新中」
「えぇー、まじか。いいなぁー。おれも仲良いやつと同じクラスがよかったなぁ。去年のクラス変わらずに中学上がれたら最高だったのに」
「だよねー、去年はわたしたちみんな同じクラスだったし」
「そうなんだよ、知り合いは多いほうが良いしさ。あ、そう言えば。友山知らない? おれあいつと食べる約束してんだよね」
ひさしくんは、こころに目線をやる。
「あ、友山くんなら、さっき中央広場の反対側にいたよ? もしかしたら、ひさしくんのこと探してるかも」
「まじ? さんきゅ。んじゃ、行ってくるわ」
足早に去ろうとしたひさしくんを、あわててこころは呼び止める。
「あの! えと、お昼いっしょにどう……?」
心臓がバクバク鳴っている。もしかしたらひさしくんに聞こえているかもしれないと、こころはさらに顔を赤くする。
ひさしくんは振り返って、笑ってくれた。
「まじ!? いっしょに食お。みんなで食べたほうが楽しいし」
「うん!」
「待ってて。友山呼んでくるから」
ひさしくんは太陽のように明るい笑顔で駆け出していった。
こころの横腹を、ゆみは肘で小突く。
「なーにいつまでニヤニヤしてんの。周りから変なもの見る目で見られてるよ」
「う、うそっ!?」
急いで顔を覆い、近くのベンチまでさっさと歩く。ゆみの先導でベンチに着き、こころはぶはぁーと息を吐いた。
「もう、まじで、わたし史上一番緊張した」
「赤面してたのはそれだけじゃないでしょ。良かったね、自分からさそってオッケーもらえて」
「そうなんだよ! 聞いて! ゆみ!」
「聞くどころか見てたんだけどな」
「まずね、最初にね、ひさしくんに近づいてったら、ひさしくんがわたしに気づいてくれて」
「話し始めちゃったし、そこからかぁ」
ゆみのぼやきは、こころの耳に入らない。
まあ 良いか
ゆみは心の中で思う。
こころは気にしてないけど ひさしくんがこころのことを“知り合い”って言ったのごめんだし
……ちょっと出すぎちゃったなぁ
テンション爆上げこころが、ゆみの手を握って上下にブンブン振ってきたが、ゆみはされるがままになった————
ちょうど同時刻、例の一匹が、恋シ浜中学校に着陸した。




