事案発生
【8月13日午後5時半ごろ――】
帰り道。その電柱の貼り紙を目にした俺は驚いた。
どうやら注意喚起のために、市の治安情報を載せるサイトからプリントアウトしたようだ。ご丁寧にラミネート加工までしてある。
【見知らぬ会社員風の男が声を上げていました】
見知らぬって大抵そうだろうが。それはさておき、ここに書かれている特徴……どうも俺に間違いなさそうなのだ。
【身長173センチぐらい。少し白髪交じりの癖毛。気持ちの悪い柄のネクタイ】
……気持ちの悪い柄というのは認めたくないが、そこは個人の感じ方の話だし、まあしょうがない。クールビズだなんだと油断し、必要な時に普段のネクタイがカビ塗れだったので、いつぞやの買った福袋の中に入っていたネクタイ。それを着けていったのだ。
俺は中々に良いと思ったのだが同僚からは散々馬鹿にされ、上司からは君はそんなんだからいつも……とやんわりと説教をくらった。まったく理不尽な世の中だ。ツイてないことが続くとつくづくそう思うと、まあそれはいいとして、はて声を上げた? なんだったかな。ちょうど三日前のこの時間帯だが、よく覚えていないな。いや、そもそもの話、別に声くらい上げたって……
「ね、ね、あれ」
「え? ああ……」
「え、俺? いや、違うんだけど。あの、あ」
【8月16日午後6時半ごろ――】
『女子中学生が不審な男から声をかけられる被害がありました』だとさ。……あの中学生どもめ。ちょっと近寄ったら逃げてった上に声かけ事案だと? ……まあ、今回は正当な気がするが、いやしないぞ。ちょっと弁解しようとしただけじゃないか。なんだってんだ。
「クソッ……」
【8月18日午後6時ごろ――】
……誰か教えて欲しい。クソッて卑猥な言葉か? 『路上で女性に卑猥な言葉で声掛け』したらしいぞ。
そんなの俺はして、いやあの時、足早に立ち去るような靴音が後ろでしたような……。いや、だとしても俺はやっていないことに変わりないのに。自意識過剰なんだよ。いや、もはや被害妄想の域だ。
「どうなっているんだ。どいつもこいつも……」
【8月19日午後6時半ごろ――】
……ああ。確かに学ばない俺も悪かった。一人だと思って呟いた言葉が二度も誰かに聞かれていたのだから。だが、これはあまりにもひどい。
【どうなっているんだこの世の中は。誰でもいい。どいつもこいつもぶっ殺してやる】
と、俺は叫んでいたそうだ。捏造だ。恐らく、いや、絶対に話を盛ったのだろう。そのこと自体はまあ、わからないでもない。被害を訴えるうちにどんどん大げさになって。いや、被害って何だ。ふざけるな。狂ってやがる。確かに俺は見た目が良くないしモテたこともないが、人を、弱者を悪者に仕立て上げ嘲笑い、晒し者にして面白がりやがって……クソックソクソ……。
「見下しやがっ……」
と、危ない危ない。ここで呟けばまた誤解される。ほーら、そこに人が……え、何でこっちに向かっ――
「……ははは、ざまあみろ。どいつもこいつも、おれを見下しやがってクソが。やったやったやってやったぁ……」