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5話 深い、傷跡

「それにしても、綺麗な髪ですわね!整えれば整えるほどに、輝きが増すようですわ」

「ありがとう…そんなに褒められたことは初めてだから恥ずかしいけど…」


茶髪のメイドに髪を洗いながら褒められ、私は少し戸惑った。

自分の髪に関しては、ノット伯爵にとって利用価値のあるものという認識しかなかったのだ。

それに、伯爵夫人のポーラ様には"魔女のようだ"と嗤われ、呪われた不吉なものと忌み嫌われていたし。

嫌な記憶を追い出す様に、私は頭を振り払った。



ーー甘い蜂蜜の様な香りと共に、髪を優しく触れられる。

心地よい時間に少しだけ微睡んでしまいそうだ。

ウトウトしていると、温かなお湯が頭皮を洗い流し、私はゆっくりと意識を浮上させる。


「お疲れの様ですので、ハーブティーをお持ちしますね」


くすりと笑った赤髪のメイドが、持ち場を離れてお茶の用意に向かった。

こんなに穏やかで幸せな空間に居られるなんて、信じられない。

目が覚めればまた、あの窮屈で埃まみれの物置部屋なのではないかと不安になった。

カタカタと震え出した私を見て、髪の手入れをしてくれた茶髪のメイドが心配そうに私を見つめる。


「ご気分が優れませんか?」

「いえ…大丈夫よ。気にしないで」


無理に笑みを浮かべる。メイドの心配そうな表情は消えなかったものの、ここは踏み込むべきではないと判断したのだろう。それ以上は聞かず、湯船に貯めていたお湯の温度を確認しに行った。



「ふぅ…」


ーーここまでの過程は、奇跡的に運が良かったのだ。

たまたま馬車が整備の届いていない山道を走り、御者から逃げ切って、魔界に落ちてきた。

そしてそこでガルガイン様に出会い、今はこうして世話をしてもらっている。

だからこそ、この先のことを考えて不安になってしまう。

ガルガイン様は、私が傷を癒したことで利用価値があると言っていた。

それが、ノット伯爵の様に別の人間…魔族に売り払う目的だとしたら?

身なりを整えているのは、私の商品価値を少しでも上げるためだとしたら…?


…先程のガルガイン様とのやりとりを思い出し、私は自分の頬を両手で叩いた。

あのまま帰らされていても、私はワグナー侯爵への不敬罪で処刑されていただろう。

身元の分からない私を一時的に受け入れてくれただけでも、ありがたいことじゃないか。


「お湯の準備ができましたよ」


茶髪のメイドに声をかけられ、とにかく今は考えるよりも疲労した体を癒そうと、私は湯船に向かった。




温かな湯船に浸かるのは、覚えている限りでは人生で2回目だ。

ワグナー侯爵に送り届けられる前日の夜、身なりを整える為にと入ったあの時だけ。

それも、掃除の行き届いていない粗末な湯船で、早くしろと伯爵や夫人からの罵声を浴びながらの入浴だった。

それに比べて、今はゆったりと足を伸ばし、広々とした湯船でのんびりと体を癒している。


「本当に、夢の様だわ…」


とろみのある白濁したお湯を手に取りながら、私はポツリと囁く。

夢ならば、どうか覚めないで。



「ハーブティーをお持ちしましたので、入浴後にお飲みくださいね」


先程お茶の準備をしに行った赤髪のメイドが戻ってきた。


「ありがとう。いただくわ」


慣れない入浴でのぼせてもいけないので、私は湯船から立ち上がりメイドについて行こうとした。

…その時だった。



「酷い、傷ですね…」


背後から、茶髪のメイドの悲痛な声が聞こえた。

咄嗟に背中を隠そうとするも、もう遅い。

ーー私の背中には、ノット伯爵や夫人から受けた折檻の傷跡が生々しく残っていたのだ。

湯船に浸かるまではタオルを巻いていたので、油断していた。


「気にしないで…」

「…っ!いいえ!こんな傷気にするなという方が無理です!薬草をすり潰した薬があるのでお持ちいたします!」


バタバタと慌ただしくメイドが駆けていく。

その間にも、赤髪のメイドが心配した眼差しでこちらを見つめていた。

こんなにも優しくされると、なんだか泣きそうになる。

私は生きていても良いのかもしれないと、ここにきて初めて思えた。

どうか、この人たちと少しでも長く過ごせます様に。

そんな淡い夢を抱きながら、私はメイドの帰りを待った。

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