魔王様のお屋敷にて
さすが魔王様と言うべきだろうか。
伯爵家と比べ物にならないほどの巨大なお屋敷…いや、城がそびえ立っている。
あまりの大きさに驚いていると、ガルガイン様は先々進んでいってしまって、私は慌てて追いかけた。
「待ってください…ッ!キャッ!」
猛スピードの飛行で酔ってしまっていた私は、フラつく視界で足がもつれて転びそうになる。
咄嗟に受け身を取ろうとした私の首根っこを掴んで、ガルガイン様は溜息をついた。
「そんな速度で歩いていたら、庭を通り抜けるだけで日が暮れてしまうぞ」
「すみません…でも、飛行なんてはじめてだったので…」
そう言うと、ガルガイン様は少し驚いた様な表情を浮かべる。
「そうか…お前は人間だから飛ぶのは初めてか…それはすまなかった」
「え!謝罪なんてしなくていいですよ!?」
やけに素直に頭を下げられ、私は素っ頓狂な声をあげた。
魔王らしく横暴なのかと思ったら、魔王らしからぬ優しい一面もあるんだな…。
緊張で張り詰めていた糸が切れたように、私はフフッと微笑んだ。
「人間というのはよく分からん生き物だな」
少し恥ずかしそうにポリポリと頬を掻いたガルガイン様は、私に背中を向けてまた歩き出す。
しかし、その足取りは先程よりも遅く、私のスピードに合わせてくれているのがわかった。
本当に、この人は優しい人だな。いや…人じゃなくて魔王か…。
そんなことを考えながら歩いていると、ガルガイン様が急に立ち止まる。
もう少しで衝突してしまうところだったと肝を冷やしながら見上げると、ガルガイン様は透明な壁を前に何かを唱えていた。
すると、ガチャリと大きな音が鳴る。
そうか、あれは結界だったんだ。納得していると、ガルガイン様がこちらを向き私に声をかける。
「ほら、入るぞ」
「あっ…はい!」
その先の城の扉を開くと、豪華絢爛なロビーが広がっていた。
あまりの煌びやかさに私は何度か瞬きをする。
本当に、ノット伯爵のものとは比べ物にならない。
『おかえりなさいませ、魔王様』
ロビーに並んでいたメイドや執事達が出迎え、その内一人の執事がこちらに近づいてきた。
頭にはフサフサの黒い猫耳、そして長い尻尾が臀部から生えている。
その姿に少し気を取られていると、猫耳執事が訝しげな眼差しでこちらを伺ってきた。
「ガルガイン様、この者は一体?」
「あとから説明する。まずはコイツを風呂に入れて、簡単な衣服を用意させてくれ」
「かしこまりました。皆のもの、手配を」
猫耳執事が白い手袋をした手でパンパンと合図すると、手際良くメイド達が駆けつける。
ただ、その顔にはノット伯爵家のメイドの様な脅えの表情はない。
「魔王様が人間をお連れするなんて…」
「あぁ、服が汚れてしまっているわ!早くお着替えいたしましょう!」
「よく見たら可愛らしいお顔をしてますね…これは腕の見せ所だわ!」
口々に言われ、私は流されるままに、メイド達に連行されていったのだった。