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2話 地獄からの逃げ道

それからというもの、まるで召使いの様な扱いで私は酷使された。

私を助けてくれたサリエル・ノット様は、今は騎士学校に通っているらしい。

遠方の学園の為、次の長期休暇までは不在なのだとか。

屋敷に来て初めて仲良くなれたメアリーも、鞭打ちの件以来私に関われば自分の立場が悪くなると悟ったのだろう。

私をなるべく避けているのか、姿を見ることはほとんどなかった。

でも、もうそれすらどうだって良いと思う。

毎日の様に、私は伯爵と伯爵夫人に罵られ痛めつけられ、私はとうに生きる希望を見出せなくなっていたから。




「本当にお前は汚い子ね!」


今日も容赦なく、掃除に使用していたバケツの水を被せられる。

ポタポタと滴り落ちていく水滴を見て、また掃除をしなければならないなと、どこか他人事の様に考えていた。


「お前が来てから、私は愛人を作られ隠し子を招き入られた哀れな伯爵の夫人と言われているのよ!これがどれだけ恥ずかしいことか、お前には分からないでしょうけどね!」


幾度となく聞いた罵声に続いて打たれる頬。

そんなことを言われても、私にはどうもできない。実際には伯爵と私の血の繋がりなど無いし、ただの貴族の暇つぶしとして話題にされてしまっただけだろう。

誰が最初に話したのか、その噂はどんどんと尾びれをつけて社交会を泳ぎまわっているらしい。

貴族というのは、自分の体裁ばかりを気にしている。そんな彼女にとって、その噂は屈辱でしかないのだ。


「まあまあ、ポーラ…落ち着け。こいつの白髪は、あのハリソン・ワグナー侯爵好みなんだ。あの一家は大量に銭を溜め込んでいるらしいからな。傷が付いてしまっては、慰み物になれんだろう」

「それなら早くこの"名無し"を侯爵様の元に送ってくださいませ!顔を見るだけで不幸になるわ!」


そう。ヴァージル伯爵があの時、私を白髪だからと招いた理由はこれだった。

ハリソン・ワグナーという、女好きの侯爵へ慰み物として送りつける為。

私は望まぬ人間に弄ばれ、いたずらに子を成し、そして金をせびる口実に使われる。

誰に愛されることもなく、きっと誰からも憎まれてこの命は尽きるだろう。

そんな未来も、今はどうだっていい。

早く私を、この地獄から解放してください。


「その件だが、ついに日程が決まったんだ。3日後にこの"名無し"を侯爵家に送りつける。白髪の女と聞いて大喜びしているそうだぞ?何せ、侯爵家の地では魔女の証として忌み嫌われているからな。その魔女を弄べるからと、伯爵はとても楽しみにしている」


ニヤニヤと浮かべる笑みに虫唾が走る。

地獄が終わっても、また別の地獄が私を待っている。そう思うだけで、今すぐにでも自害したくなる。

ここには誰も、味方なんていなかった。




約束の3日後、やけに煌びやかな馬車がノット家を訪れた。私を迎えに来たのだろう。

いつもの布切れの様な服ではなく、今日ばかりはめかし込まされ、ヴァージル伯爵はにこやかに私を見送る。


「うまくやるんだぞ」


そのたった一言で、この人からは逃れられないんだと人生を諦めた。

今が人生の底だと思っていたのに、あっけなく足場が崩れて深海に飲み込まれていく。

…これなら、侯爵に無礼を働いて死んだ方がマシよ。





整備のされていない山道を馬車は行く。

ガタガタと大きく揺れ、私は酔ってしまっていた。


「それにしても、こいつも災難だよなぁ。あの侯爵は女に飽きたら、奴隷として売り出して金を稼いでるそうだぞ」

「酷いやり方だが、それであの侯爵はたっぷりの金を蓄えられてるんだもんなあ」


御者が話す内容を聞いて、どこまで耐えたとしても苦痛が続くのだと再確認した。

ぐらつく頭で逃げる方法を必死に考える。ここを逃したら私は一生、奈落の底で生きていかなければならないのだから。


--ガタンッ


「おい、何してる!?逃すな!!」


次に大きく揺れた、次の瞬間。

私は揺れの衝動に合わせて、馬車から逃げ出した。

走る、走る、走る。

履き慣れないヒールで、足が悲鳴をあげても走り続ける。

馬車を止める音、御者が駆けつける足音が私を急かした。

早く、もっと遠くへ!見つからない場所まで!

途中から、ヒールは投げ捨て素足で走っていた。石の粒が足に食い込んで、痛みが増していく。


…どれだけ走っただろう。

気がつけば、私は大きく開けた場所にいた。

そこには一本の大木だけが立っている。

月光を受け、キラキラと輝かせる翡翠色の葉が私を誘った。


「なんて、綺麗なの…」


ゆっくりと歩幅を進める。

もうこれ以上、私は走れないだろう。

切れて血まみれになってしまった足を引きずり、せめて最後に美しい場所を眺めようと大木に近づいていく。

その太い幹に、手を触れようとした…その時だった。

私の手は大木の幹を通過した。いや…大木が透けたのだ。予想していなかった出来事に、私は倒れ込む衝撃に耐えようと目をつむった。


--どれだけ経っても、衝撃はこなかった。

恐る恐る目を開けると、そこは私の見たことがない世界だった。

赤黒い空を、黒い羽の生えた生き物たちが飛んでいて。


「貴様、こんなところで何をしている?」


声のした方を向くと、マントをひらめかせながら黒い長髪の男がそこに立っていた。

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