49日目
「お笑い芸人の物語とか抱腹絶頂ものに違いない」
「売れない芸人の悲哀とかがリアル寄りなのでは?」
そもそもドキュメンタリ的にするならば、芸そのものに焦点が当たらない可能性するあるわけでございまして、苦労話が好きな人ならば刺さるかもしれませんが、十分に芸事を鑑賞したいという層にとっては、むしろ邪魔なのではないでしょうか?
「むしろ漫才とかコントとか落語とかをまとめて描写した方が良いか?」
「物語として成立するかどうかが微妙ではないでしょうか?」
それならば、そのまま漫才とかを実際に見て楽しむ方が良いとか言われそうではありますが、わざわざそれを小説にして発表することに何の意義があるのか、とか狙いは何であるかとか、突っ込まれそうではありますね。
「意表がつける」
「……なるほどそれは十分な理由になりえますね」
驚きは、感情を揺さぶる良い手段であることには違いなく、意外なところから殴りかかってくるシュチュエーションは、有効な打撃と成り得る、のではなかろうかなという予想が成り立つわけでありまして。
一発芸と言えなくもないですが。
「たとえ一発であったとしても、全力でふり切るよ?」
「むしろ一発に賭けるなら、全力意外ありえないでしょうかね?」
出落ちじゃないかという意見もありますが、最初から落ちているならば、あとは気にする必要もなく、余生で楽しませることができる、のではなかろうかなとか、とりあえず、笑の総量は取ったので、あとは好きにやらせてもらおう、と、なると気楽でよろしいのではなかろうか、というような発想はありかもしれません。
「問題は笑のセンスがあるかどうかにかかっているな、もちろん私は大丈夫だが」
「根拠のない自信は確かに大物っぽいですね」
自分に自信がなければ面白いものも面白く無くなってしまうというロジックがあったりしますが、堂々と嘘を言えるくらいでなくては、演技が成り立たないわけでありまして、なるほど、度胸は必要なのではなかろうかなとか、思えますね。
度胸しかない芸人は見ていて心配になってくるわけですが。
「大御所に素で失礼なことをしでかしてしまうとかだな、まあ、その辺りはフィクションなので御都合主義的に話を持っていけばいいしな」
「実際にやったら、事故では済まないシュチュとかいっぱいありそうですからね」
これは最初からフィクションでありギャグなのでありますよ、コメディでありますよという注釈をもってして挑まなければ、真似をして大やけどをしてしまう読者を量産してしまうことになりかねない、場合もありそうではありますね。
「炎上ネタを主武装にしている芸人もいるけどな」
「あれは寿命短そうではありますね」
実際にはこのような失礼をネタでいたしますので、きつめの返しをお願いしますとか事前に申し合わせていく場合も多いとのことですけれど、この辺り、そうであっても楽しめるかどうかは趣味の範囲なのでしょうね。
ちなみに、先輩と私は常にガチンコです。




