第95話 魔導国の思惑
勇者は飛行船に頭を打ちながら倒れる。
魔力を使い果たしたのが原因だろう。
生死に関わる状態ではないものの、無茶をしたのは確かだった。
「おやおや、さすがに限界が来たみたいですね」
『今のはそれだけじゃないと思うのじゃが……』
「細かいことはいいです。彼を機内に保護してください」
『うむ。任せておけ』
ナイアが飛行船の上部に穴を作り、そこから機内へと勇者を落とす。
待っていた仲間達が受け止めてすぐさま治療を始めた。
とは言っても魔力を補給させた後は安静にさせておくことしかできない。
特に外傷や後遺症もないため、私が手を施すまでもなかった。
(あれはしばらく使い物になりませんね。決戦までに起きられるか微妙なところです)
勇者は限界を超えた。
そして、相応の代償を払う羽目になった。
仮に意識が戻っても、当分は魔力操作も覚束ないのではないか。
竜機鎧も過負荷で壊れたので、魔導国で戦えるだけの戦力にはなり得ない。
(やはり私がやるしかないようですね)
腰に手を当てて伸びをする。
地上から砲撃は来ない。
落下した残骸による被害が大きいのかもしれなかった。
私は飛行船の端から大地を見下ろす。
そこで風を浴びながらナイアに声をかけた。
「この辺りでいいでしょう。着陸の準備をしてください」
『うむ、分かった。浮力を落としていくのじゃ』
聖剣は首都に届いている頃だ。
やや出遅れてはいるものの、間に合わないほどではないと思う。
飛行船が高度を落とす中、私はふと疑問を呈する。
「しかし、魔導国は聖剣で何をするつもりなのですかね。また兵器開発でしょうか」
『それで済むのならいいのじゃがな』
「どういうことでしょう。何か心当たりでもあるのですか」
私が尋ねると、ナイアが肯定の気配を見せた。
彼女は淡々と語る。
『シアレスは最近まで魔王の力を封じておったじゃろう。だから奴には魔王の残滓が染み付いているのじゃ。魔導国の狙いはたぶんそれじゃろう』
「闇の秘宝のことですかね。封印期間が長すぎて、シアレスさんにも影響が及んでいたということですか」
『うむ。遥か奥底に淀む程度じゃが、力は移ったはずじゃ。それを魔導国が検知したのじゃと思う』
それは予想だにしない答えだった。
てっきり聖剣の力を狙っているのかと思いきや、まさか魔王の瘴気だったとは。
(私でも気付かないとなると、相当に微細な力なのでしょうね。魔導国はそれを発見したわけですか)
魔導国の技術力には感嘆せざるを得ない。
私は腕組みをして思考を深めていく。
「魔王の力を利用した兵器……見当も付きませんね。きっと碌な代物ではないのでしょうが」
『人間の悪意は底無しじゃからな。どれだけ忌避された行為だろうと平気で手を染める。食い止められるのはリゼンだけじゃ』
「世界の命運を託されても困りますけどね。そういう柄ではないのです」
『リゼン以外に適役などいないじゃろう……』
「彼らがいますよ。実に頼もしい英雄です。宿敵の魔王を倒せず、悶々としているでしょうからね。ここで発散してもらいましょう」
『……その宿敵を葬ったのはリゼンじゃがな』
「いやはや、何の話でしょう」
私がとぼけてみせると、ナイアはため息に似た思念を発した。