第94話 剣聖の気まぐれ
間もなく勇者の光線が砲撃に打ち勝った。
勢いを失って粉々に砕け散った砲弾、飛行船に達することなく落下していく。
私は勇者の背中を叩きながら称賛する。
「見てください。砲弾はすべて凌ぐことができました。勇者殿のおかげです」
「はぁ、はぁ……そ、そうか。間一髪でなんとか、なったな……」
勇者は膝をついてぐったりと脱力する。
今にも倒れそうだが、気力でなんとか堪えているようだった。
まだ油断してはいけないと考えているのだろう。
この半年で随分と成長している。
警戒心は戦士にとっての必需品だ。
以前までの軽率な勇者はもういないらしい。
(息も絶え絶えですが、あの弾幕を相手によくやれましたね。正直、予想を超えた働きです)
勇者は土壇場で限界を突破した。
やはり世界最高峰の血統は伊達ではない。
彼も勇者なのだ。
それを実力で示してみせた。
ふらつく勇者を支えていると、地上で怪しげな動きがあった。
見れば先ほどと同等以上の密度と火力で砲撃が始まる。
あれが全力ではなかったらしい。
魔導国はまだ余力を残していたのだ。
「おや、追加の砲弾が来ましたよ。やれますか?」
「やれるわけない、が……やるしかねぇだろ」
勇者は険しい顔で呟くと、疑似聖剣の構えを取る。
しかし、魔力が枯渇しているのは明らかだった。
ただの強がりである。
ここから再び迎撃できる可能性は存在しない。
だから私は勇者の前に立って穏やかに言う。
「まあまあ。ここは私にお任せください」
体内の魔力を調節して刃に付与すると、切っ先を砲撃に向けて光線を放つ。
光線を途切れさせず、接触した砲弾から魔力を吸い取って斬撃に上乗せした。
吸収した魔力は私の肉体まで戻さずに拮抗面で循環と増幅を繰り返す。
とにかく砲弾の推進力を削ぐことに注力した。
緻密な魔力操作を要する行為だが、別に難しいことではなかった。
放つ光線を感覚器官に見立てて砲撃に干渉するだけである。
いつも扱う剣術に比べれば呼吸みたいな操作だ。
発想と系統が異なるので新鮮味はあるものの、苦戦するほどではない。
そうして大した時間もかからずに砲撃は力尽きた。
先ほどと同様に粉々になって落下していく。
一連の光景を見ていた勇者は、口をあんぐりと開けていた。
「あんた、同じ技を……」
「勇者殿を真似てみました。少し改造していますけどね。おかげでさらに強くなれました」
「ち、くしょう、が」
そう呟いた勇者はあえなく気絶した。




