第9話 聖剣の封印
移動中、私はふと疑問に思ったことを長老に訊いてみた。
「魔王軍はこの森を攻めないんですかね?」
「強固な結界で守護されておる。悪しき気配は近付けぬ」
「私は踏み込めましたけどね」
「お主は邪悪ではない。善悪に寄らぬ中立じゃな」
長老は前を向いたまま答えた。
その指摘は確かに的を射ている。
契約相手によって行動が一転する私は、善悪の観点では語れない。
今は魔王軍の味方として行動しているが、この次は長老の味方として行動する。
それは直前の雇用主である魔王軍への裏切りに等しかった。
依頼内容を鑑みるとそうなるのだ。
だから長老の指摘は大きく間違ってはいない。
ただ、中立かと言われれば首を傾げざるを得なかった。
単純に善悪の極端を往復しているだけではないか。
それに性根はやはり邪悪である。
我ながら善人を名乗れるほど恥知らずではなかった。
(長老は私をどう見ているのでしょうね)
彼は人間より遥かに長命なハイエルフ種だ。
私とは異なる視点から人間の本質を捉えているのかもしれない。
後でちょっとした人物鑑定や占いでも頼みたくなる。
そういった話を鵜呑みにする性質ではないが、純粋に興味が湧いたのだ。
(……まあ、金額次第で世界だって救いますし、一応は善とも解釈できますか)
勇者パーティーの金払いが良ければ、彼らと共に魔王を退治していただろう。
そもそも私がいる時点で勝利は確定している。
本当にあとは金次第だった。
彼らはケチなせいで余計な苦労と危険を負うことになる。
もっとも、それは自己責任だ。
私には憐れむことしかできない。
歩いているうちに居住区を抜けて森の奥まで来ていた。
大気に含まれる魔力や聖なる気が尋常でない。
魔族などが踏み込めば、たちまち力を削がれていくのではないか。
これは魔王軍が侵略できないのも納得である。
実際はエルフ族の抵抗も加わるのだから、陥落させるにはかなりの手間を要する。
秘宝の回収係が私でなければ、誰も成功しなかったのではないか。
そう感じさせるほどの環境であった。
「間もなく封印場所に着く。くれぐれも手荒な真似はしてくれるな」
「承知しました」
樹木の壁を抜けた先に開けた空間があった。
陽光の注ぐそこには石の台座があり、一本の剣が突き刺さっている。
金と銀の装飾が施された剣だ。
芸術的な観点はもちろん、実用性の高さは刃の輝きが物語っている。