第83話 聖剣の行方
ナイアが私のいる階まで飛び降りてきた。
彼女はウィリアムの血痕を屈んで確認する。
指先で拭って顔に近付けると、静かに呟いた。
『空間魔術を使いこなす凄腕の騎士すらも、リゼンとは比肩できぬのか』
「まあ難しいでしょうね。私が瀕死なら良い勝負になったかもしれませんが」
『瀕死でようやく互角なのじゃな……』
ナイアは呆れたようにぼやいた。
驚きが少ないのは、私の実力の片鱗を身を以て理解しているからだろう。
あの時に底知れない領域を垣間見たはずだ。
だから冗談と思わず、荒唐無稽な推測でないことを察している。
私としてはただ事実を述べただけだった。
本当の全力を出した場合、ウィリアムの実力では話にならないだろう。
彼の卓越した剣術は私の足下には及ばず、空間魔術など強引に切り裂けばいい。
別に何も難しいことではなかった。
(瀕死ですら力不足かもしれませんね)
戦いを想像して、ふとそんなことを思う。
まあ、所詮は妄想である。
余計なことを考えるのは、また後でいいだろう。
大切なのは現実なのだ。
依頼はまだ終わっていない。
早急に次の段階へと進めねばならなかった。
手を打った私は話題を転換する。
「さて、これで監獄内の囚人も大人しくなるでしょう。勇者パーティーの皆さんを助けに行きましょうか」
『ううむ。死んでいないとよいがな』
「大丈夫ですよ。彼らの反応は消えていませんから」
その時、近くの装置から看守長の声がした。
随分とざらついているが、内容は分かる程度のものだった。
戦いの終了を見計らって話しかけてきたのだろう。
「……聞こえるか。囚人がほぼ殲滅されたことで設備の復旧を始められた。勇者パーティーに辿り着く最短の道を案内する」
「ありがとうございます。その前にもう一つ探してほしい物があるのですが」
「何だ」
「聖剣です。勇者の持ち物にあったでしょう」
シアレスが話しかけてこないのが気になる。
ここまで近付いたのだから、思念が飛んでくるものかと思っていたが、なぜか音沙汰がない。
魔力が封じられて話しかけられないのか。
それともまた別の理由があるのか。
少し嫌な予感がしていた。
私の質問に対し、看守長は暫し沈黙する。
やがて彼女は言いづらそうに回答を述べた。
「すまない。聖剣は少し前に回収された。ここにはもうない」
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