第81話 底の見えない力
ウィリアムが不意に突貫してきた。
空間魔術を纏わせた刃が振り抜かれようとしている。
私は剣で弾いて斬撃を打ち上げると、ウィリアムの脇腹に掌底を打った。
炸裂音と共にウィリアムが床を転がる。
彼が跳ね起きる前に転移したので、私の背後に現れた瞬間に刺突を繰り出した。
何気なく伸ばした切っ先は腹に刺さっている。
「ぐっ」
苦痛に顔を歪めるウィリアムは、私の剣を払いのけて後退した。
彼は腹の出血を押さえて力無い笑みをこぼす。
「おか、しいな……なぜ君は、そんなに余裕、なのかな? ここまで、差が出るのは……不思議、だ。ひょっとして、痩せ我慢でもしているのかい……?」
「まさか。私は正直者ですから、いつだってありのままの姿ですよ。演技とか人を騙すとかは苦手なのです」
両手を広げて柔和な笑みを湛える。
ウィリアムの頬が痙攣し、眠たげな目に死の陰りが覗いた。
私は悠々と歩み寄りながら語りかける。
「戦況は歴然です。ずっと優勢だったにも関わらず、どうしてあなたが追い詰められているか分かりますか」
「…………君がまだ本気じゃない、とか?」
「その通り。私なりに力を調整しているのですよ。お互いに楽しめる展開になればいいと思いまして」
私は握手ができるくらいの距離で足を止める。
若干の沈黙を挟んで、ウィリアムが問いかけてきた。
「手加減、とは違うの……かな」
「ええ、少し違いますね。設定した枠組みの中では力を尽くしていますから。言葉で説明するのは難しいのですが、加減をせずに加減していたのです」
私はゆったりと述べつつ、ウィリアムの肩に手を置く。
彼は抵抗しなかった。
ただじっとこちらを見つめている。
私は笑みを深めて告げる。
「ウィリアム、あなたはとても強い。恵まれた才能に驕らず、弛まぬ努力を重ねて素晴らしい剣士となった。他の人間が束になろうと、決してあなたには敵わない。祖国に裏切られた想いすらも糧にして、狂気に浸りながら刃を研いでいる。その強靭な執念には敬服します」
「……へえ。ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ。まさか肯定してもらえるなんて思わなかった」
「事実を述べただけです。私はあなたを高く評価しているのですよ」
正直な感想を伝えると、ウィリアムは泣きそうな笑いを浮かべた。
その双眸には死の他に諦念と絶望が淀んでいる。
己の戦う相手が真に底無しだと気付いてしまったのだろう。
そう感じさせたことに罪悪感を覚えるも、表情に出すことは決してなかった。




