第77話 武才の災
私は胸の高鳴りを自覚する。
それは心地よいものであった。
剣を破損させたのは何年前になるか。
刃こぼれしない使い方を本格的に学んでからは、滅多なことでは摩耗しなくなっていた。
だからこんな風になるのは珍しい状態なのだ。
驚きより喜びが大きい。
私が失敗したのではない。
受け流した斬撃が強力だったのだ。
あの感触からするに、珍しい魔術が付与されていた。
私の防御を超えてくるとは、なかなかに興味深い。
「良い太刀筋ですね。感服しましたよ」
通路の奥に向かって声をかける。
やがて薄闇から抜け出すように一人の男が現れた。
囚人服を着たその男は三十代半ばだろうか。
逞しい体躯とは裏腹に、表情は眠たそうな笑みを浮かべている。
手には抜き身の片刃剣を持っていた。
男は気さくな調子で話しかけてくる。
「初めまして。僕の名前はウィリアム。君の名前を教えてくれるかな」
「リゼンと言います。職業は傭兵で、勇者パーティーの皆さんの救出に来ました。構いませんかね」
「うーん……ちょっと困るなぁ。彼らは交渉材料なんだ。魔導国と交渉するためのね。君達に持ち出されると困る」
ウィリアムは悲しそうに言う。
世間話でもしているような雰囲気だが、この状況でその態度を貫けること自体が異常である。
彼からは滲み出る狂気を感じられた。
元は魔導国の騎士団長で、上層部の告発を試みたという点から善人だったのだろう。
しかし、今のウィリアムは何かがおかしい。
人間的な感情が欠けているような印象を受ける。
きっと間違っていないはずだ。
彼は、先ほどから、一度も、瞬きをしていない。
収縮した瞳は、私達を凝視している。
眠たげな表情の中で、目付きだけが極めて異質だった。
ウィリアムは看守長の人形に視線を向けると、親しげに頼み込む。
「看守長。そろそろ本国に連絡してよ」
「それはできない。お前は――」
看守長が発言する途中、ウィリアムが刺突の構えを取った。
私は即座に察知して防御しようとする。
ところが、ウィリアムの持つ剣の切っ先が歪んで消失した。
同時に看守長の操る人形の頭部が木端微塵になる。
頭部のあった場所に、刃の切っ先が浮遊していた。
何もない空間から生えている。
ウィリアムが腕を引くと、切っ先は元の位置――すなわち剣の先端に戻っていた。
私は今の現象を考察する。
(高度な空間魔術ですね。それを独自の剣術と併せている)
刺突の瞬間、ウィリアムは剣の切っ先だけを転移させた。
間合いを無視して看守長に攻撃したのである。
剣術と魔術を十全に使いこなさなければ不可能な技だった。
ウィリアムの実力は超人的な水準に達していた。