第75話 囚われた騎士
私は通気口を滑り降りて着地する。
そこには無数の斬殺死体が転がっていた。
中央ではナイアが高らかに笑っている。
『ふははははははははぁッ! やはり吾は最強じゃなァ! この程度では掠り傷一つ負わんぞっ!』
彼女は自身の本体である崩剣を握っていた。
刃にべっとりと血が付いている。
通気口の先で待ち構えていた囚人を皆殺しにしたらしい。
最近は残念な性格面が目立ちがちなナイアだが、実際の能力は反則的に高い。
僅かな魔力を莫大な威力に変換する崩剣は、掠り傷を致命傷に昇華する。
相手を崩れさせることに特化した唯一無二の魔術武器であった。
その特性から、魔術を内包する人間や兵器とはすこぶる相性が良い。
防御するだけで不利になってしまうほどの性能なのだ。
それを化身であるナイアが振るえば、囚人などひとたまりもないだろう。
(彼女ならこの大陸を単独で制圧できますね)
魔力吸収の性質を考慮すると、半永久的に戦うことが可能だ。
技量でナイアを上回る者は皆無である。
仮にいたとしても、崩剣の能力で押し切ることができる。
私という抑止力がいなかったら、とっくに暴走しているのではないか。
過去の勇者が封印したのも納得の剣である。
『どうじゃリゼン! 最強の吾を使う気にならぬか?』
「なりませんねぇ。安物好きなのですよ」
私がそう言うと、ナイアが大げさにため息を吐いた。
彼女は諭すように語る。
『貧乏性な男じゃな……実力に見合った武器を使うのが真の剣士じゃぞ?』
「私はただの守銭奴ですからね。生憎と常識を持たないのです」
そんなやり取りをしていると、進路先から大量の気配が殺到してくる。
彼らは膨大な殺意を渦巻かせていた。
「増援が接近していますね」
『うむうむ。吾が一網打尽にしてやろう』
「憂さ晴らしは済んだでしょう。ここは私がやります」
『いや吾じゃァ!』
結局、私はナイアと連携して囚人を屠っていく。
半ば競争のような形になっていた。
崩剣に魔力を奪われないように注意しつつ、最速で囚人を死体に変えていった。
ナイアも対抗するようにして暴力を行使する。
それだけで増援の囚人はあっという間に全滅した。
静観していた看守長が通路の奥を睨みながら警告する。
「気を付けろ。まだウィリアム・ダイ・アーゲンが残っている。勇者達の近くに潜伏しているのだろう」
「それは誰ですか」
「脱獄囚の主犯格だ。奴が最初に拘束を破壊して、他の者達を焚き付けて地下区画を占拠した。元は魔導国の騎士団長だったが、上層部の脱法行為を告発しようとしてこの大陸に送られた」
「つまり悪党ではないのですね」
「そうだ。現在は魔導国への恨みで雰囲気も変わったが……」
看守長が語る最中、前方から魔力の斬撃が飛んできた。
受け流すようにして剣を添えると、斬撃は天井を割り進んで消える。
「ふむ」
私は微笑を湛えて剣の先に注目する。
切っ先がほんの僅かに削れていた。