第75話 ナイアの憂鬱
ハエルメンを殺した私達は再び移動をする。
とは言え、特筆するような事態は滅多に起きない。
基本的には囚人を斬りながら進むだけだ。
人体実験を受ける彼らはそれなりの強さを持つが、私を苦戦させるほどではない。
先ほどのハエルメンに魔力を奪われて瀕死の者も多く、戦いが成立しないような場面もあった。
ようするに退屈な時間だったのだ。
途中、看守長が私達を止める。
そしておもむろに壁の鉄板を外した。
彼女は壁の中を指し示しながら説明する。
「この通気口で勇者パーティーのいる区画まで最短で向かえる。しかし、かなり危険な道のりだろう。脱獄囚が待ち伏せしているかもしれないが……」
「構いません。最速で移動すべきですからね。敵はすべて私が葬ります」
私は剣を回しながら即答する。
これだけの戦闘をこなしても刃こぼれ一つない。
まだまだ戦える状態であった。
一方、各種魔術兵器を引きずるナイアが控えめにぼやく。
『リゼンは本当に心強いのじゃ……それで吾を使ってくれれば完璧なのじゃがな』
「使いませんよ。役目が欲しければ勇者殿に頼んでください」
私がぴしゃりと言った途端、ナイアが震えながら驚愕する。
そして片手を振り上げながら力強く主張し始めた。
『まさか、吾を譲渡する気かっ!? 絶対にいかんぞ! 半端者の勇者の武器になるのは嫌じゃ!』
どうやら予想外のことだったらしい。
私が使わないと断言しているのだから、必要そうな誰かに譲渡する可能性は考えていなかったのか。
何にしても不満らしい。
「シアレスさんの教えで順調に成長しているそうですよ。それほど弱くないと思います」
『あの聖剣の弟子となれば尚更に嫌じゃぁっ』
「無駄話なら後で聞きますから、先に行ってもらえますか」
面倒になった私はナイアを掴んで通気口に投げ入れる。
悲鳴に近い思念が反響しながら遠くなっていくのは、本人の心情が現れているからか。
目の前のやり取りを見ていた看守長が気まずそうに尋ねてくる。
「……いいのか? あれは崩剣の化身だろう。それにしては扱いがかなり雑だが」
「構いませんよ。別に敬うような相手ではありませんからね。ちなみにナイアさんを先行させたのは、進路上の囚人を抹殺してもらうためです。これで多少は憂さ晴らしになるでしょう」
「そこまで考えていたのだな」
「いいえ、方便です」
私は優雅に笑うと、通気口の中に跳んで入った。




