第72話 支配者
視界はすぐ正常な状態に戻った。
軽く首を振ると、この身を蝕もうとする魔力が霧散する。
異変は一瞬未満のことだった。
今はもう何の感覚もない。
そんな私を見ていち早く反応したのはナイアだった。
『リゼン、大丈夫かッ!?』
「割と平気ですね。少し魔力を削られた気はしますが。支配の力を弾くことができたようです」
率直に述べると面白い術だった。
私の魔力を喰らいながら、精神まで侵蝕しようとしてきた。
確かに常人ならば抗えずに支配されるだろう。
なかなかに凶悪で使いやすい能力である。
魔導国が欲しがるのも当然だった。
『なぜ避けなかったのだ。見切っておったろう』
「どんな術か興味が湧きましてね。一度体験してみたかったのです。まあ、これくらいなら大丈夫ですよ」
『心臓に悪いことをするな……』
「おや。心配してくださるのですか」
『勘違いするでないっ! 優秀な使い手が潰されると吾が困るのじゃ!』
ナイアが大声で訂正するが、あまり興味が無いので流しておく。
私は微笑を湛えて前方に注目する。
痩せ身で長身の男が歩いてくるところだった。
今までの囚人と同じ揃いの貧相な衣服に身を包み、怪訝そうな表情をしている。
男は機嫌の悪さを隠さない目付きで私を凝視していた。
彼の両手は蛍光色の魔力に包まれている。
絶えず色合いを変えながら輝いていた。
どうやら彼が革命家のハエルメンらしい。
私は一礼してハエルメンに話しかける。
「どうも、こんにちは。素晴らしい魔術ですね。詳細をお聞きしてもよろしいですか」
「……貴様は誰だ。なぜ支配できない?」
「気合です。意外となんとかなるものですよ。ちなみに名前はリゼンです」
「ふざけやがってクソがッ」
突如としてハエルメンが叫んで両手の魔力を解き放った。
先ほどと同様に光線が反射しながら飛来してくる。
その軌道を見切った私は二度の斬撃で破壊して無力化した。
呆気に取られたハエルメンを前に微笑み続ける。
「ふざけていません。私はいつでも大真面目ですから」
再び光線が襲いかかってくるも、今度は目視する前に斬り伏せた。
もう読めている。
どれだけ攻撃されようと無駄だった。
たとえ当たったところで大した被害にもならない。
私を支配しようなど、あまりにも楽観的すぎる。
「残念ながら効きませんよ。もう克服しました」
「うるせぇッ!」
ハエルメンが激昂し、腕を振り回して光線を乱射した。
私はそのすべてを剣で両断する。
看守長やナイアに当たりそうな分も完璧に叩き斬っていく。
その上で徐々に歩を進めてハエルメンに接近し始めた。




