第71話 支配の魔術
次の区画に続く階段を下りる途中、看守長が警告の言葉を発した。
「待て。この先に強大な魔力反応がある」
「確かに他とは違いますね。何者でしょうか」
「ハエルメン・ロンドギアス。脱獄囚の一人で革命家だった男だ。支配した人間から魔力を奪う特殊な術を扱う」
「体系化されていない半固有の魔術ですか。面白いですね」
私は顎を撫でつつ微笑む。
世界には多種多様な魔術が存在する。
その中でも使い手が少ないものは固有の能力として扱われがちだった。
必然的に目撃することは珍しく、戦える機会は貴重だ。
私としては是非とも対決してみたい。
しかも今回の術はなかなかに強力そうな予感がした。
感じる魔力反応は、数百人分が塊となっている。
ハエルメンという名の脱獄囚は、既に相当な数の人間から魔力を徴収しているらしい。
単純な魔力量で言えば、魔族や竜といった種族にも比肩するのではないか。
「奴のおかげで魔導国の受けた被害は甚大だ。各地で反逆を起こしながら、肝心のハエルメンはなかなか捕まえられなかった。奴は逃亡術の天才でもあるのだ」
「それは大変でしたね。ちなみに彼に施した実験は何なのでしょう」
「術の効力上昇を目的とした魔石の埋め込みだ。精神的に不安定になったが、支配の力が格上にも通用するようになった。魔力を遮断できない状況では非常に厄介な存在だな」
看守長は忌々しげに述べる。
それを聞いた私は、答えを察しながらも質問する。
「支配の術を国の運営に使う気だったのですかね」
「おそらくそうだろう。最終的には精神魔術で洗脳すると聞いていた」
他者を支配し、魔力を奪えるのは強力無比だ。
敵として相対すると面倒だが、味方になればこれほど心強いことはない。
魔導国がハエルメンを駒にしたい気持ちはよく分かった。
それだけであらゆる局面を有利に進めることができる。
ここで黙って話を聞いていたナイアが、不安そうに私を見た。
『リゼンは支配されぬよな……?』
「どうでしょう。その魔術を受けたことがないので断定はできませんね」
そのようなことを喋っているうちに階段を下り切る。
刹那、通路の先から蛍光色の光線が飛来した。
床や壁や天井を反射しながら加速して突き進んでくる。
「来るぞ。支配の力だっ!」
「ほう」
微笑を深めながら棒立ちになる。
間もなく光線が跳ね返りながら私に炸裂した。
特殊な魔力が全身に伝わる感覚と共に、目の前が真っ白に染まっていく。