第68話 看守長の苦慮
しばらく無言で進んでいると、前方の曲がり角から声が聞こえてきた。
「そこを右だ。壁のレバーを動かすと地下への移動装置が昇ってくる」
現れたのは無骨な造りの金属人形だった。
全体的に角張っており、関節と頭部だけが球体である。
各所に掘り込まれた発光する溝は、駆動面に関する術式だろう。
声は腹部の筒から発せられたようだ。
これは魔術で制御された人形らしい。
誰かが遠隔操作している。
特に攻撃してくる気配はない。
私はいつもの調子で人形に話しかけた。
「おや、この声は看守長さんですかね。どうされたのですか」
「道案内をしに来た。準備が遅れてすまない」
「いえいえ、わざわざありがとうございます。ちょうど道に迷って困っていたのですよ。もう少しで床を破壊するところでした」
「……この施設の壁や床は厚い。竜でも容易に破壊できない設計だが」
「その程度なら大丈夫ですよ。ほらこの通り」
私は抜き放った剣で壁に攻撃する。
ほんの僅かな力で振るった一撃は、壁にざっくりと斬痕を刻んだ。
かなり手加減したのだがやはり脆い。
それを目にした魔術人形が凍り付く。
「なっ……」
『リゼンを見くびっては駄目じゃぞ? 魔眼で過去の戦いを視たのであろう。この男は規格外の剣士じゃからなぁ』
「買い被りですよ。私のただの人間です。特殊な能力は持っていませんし、技術はすべて基礎の延長線上にあります。極めて常識的と言えるでしょう」
『謙遜というか皮肉じゃよな、それ』
「否定はしませんね」
私は肩をすくめて応じつつ、看守長の指示に従ってレバーを動かした。
間もなく壁の一部が開いて箱型の移動装置が登場する。
詳しい構造は分からないが、魔術の流れ方で用途は分かった。
「さて、さっさと地下へ向かいましょう。それとこの施設で起きていいる問題も教えてください」
「……やはり気付いていたのか」
「いいえ。今のあなたの反応で確信しました。綺麗に引っかかってくれましたね」
私が笑いながら言うと、看守長は沈黙する。
やがて彼女は事情を吐露した。
「地下の隔離領域にいる囚人が抜け出した。魔術実験を耐え抜いた戦士だ。その囚人が暴走しているせいで、勇者パーティーを地上に移送できない状況になっている。監視装置を破壊されたので詳しい状況は分からない」
「ほほう、大変そうですね。それを先ほどなぜ教えてくれなかったのですか」
「怒りを買うのが恐ろしかったのだ。事情を話す前に職員を退避させておきたかった」
「なるほど。看守長さんは部下想いなのですね。しかしその配慮は無意味です」
私は胸に手を当てて意味深に微笑する。
そして看守長に囁く。
「もし私がその気になれば、退避なんて意味がありませんよ。世界の果てまで追いかけますからね。退避をやめて施設の制御をしてもらえると助かります」
「――了解した」
看守長は短い応答だけを返す。
その声音は隠し切れない震えを覗かせていた。